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Archive by Bertien van Manen

¥12,100

オランダ人写真家、ベルティアン・ファン・マネンによる写真集。 ファン・マネンはオランダのライデン大学でフランス文学とドイツ文学を学んだのち、二人の幼い子どもを育てながら翻訳者、フランス語教師、そしてモデルとして働いた。40歳にして、当時のアムステルダムでは数少ない女性ファッション写真家としてキャリアを開始。その後、スイス人写真家ロバート・フランクによるドキュメンタリー写真集の金字塔『The Americans』(1958年刊)に触発され、ドキュメンタリー写真へと軸足を移す。オランダの出版社でフォトジャーナリストとして活動しながら、ヨーロッパ、アジア、アメリカなど世界各地を訪れ撮影を行った。 本書は、2021年までに制作された作品群に加え、日記や厳選された未発表アーカイブを収録し、ファン・マネンの作品世界を幅広く紹介する。オランダ人グラフィックデザイナーであり、独立系出版社「Fw:Books」を主宰するハンス・グレメンの手腕により、作者の歴史に対する独自の洞察とその軌跡が的確に編み上げられた、初の包括的作品集となっている。 - Title: ArchiveArtist: Bertien van ManenPublisher: MACK, 2021Format: OTA bound paperback with dust jacketSize: 281 x 215 mmPages: 384Language: EnglishEdition: First editionISBN: 9781912339662 関連記事:写真家、べルティアン・ファン・マネンの軌跡


歴史資料を超えた写真集へ
『Heap-O-Livin': Selections from the Lora Webb Nichols Archive 1899–1962』

「なんと瑞々しく、生気にあふれる写真なのだろうか」 Fw: Booksから出版されたローラ・ウェッブ・ニコルズの写真集『Lora Webb Nichols: Heap-O-Livin’』を開いた瞬間、良い写真集の予感は確信に変わり、気づけば心を掴まれていた。 専門家ではないため、この年代に撮影された写真を多く見てきたわけではない。しかし、これほど時代の手触りを残しながら同時に時代を超えて見える、自然体で動的なイメージに出会ったのは初めてだった。 約100年前に遠く離れた土地で撮影されたこれらの写真に、なぜここまで魅了されるのか。当初の確信は、次第に疑問へと変わっていった。 鉱山町エンキャンプメントから始まる日常の記録 ローラ・ウェッブ・ニコルズは1883年、アメリカ・ワイオミング州エンキャンプメントの鉱山町に生まれた。13歳で日記を書き始め、16歳で初めてカメラを手にしてからは、家族の農場での暮らしや周辺の日常を記録していく。
そして、1906年という早い時期から産業記録や家族写真を請け負い、写真家として働き始める。 銅産業が崩壊した後もニコルズはエンキャンプメントに留まり、家族を支えるために写真撮影や現像サービスを提供する「ロッキーマウンテン・スタジオ」を設立。1920〜30年代には町の中心的存在として活動し、地域新聞「エンキャンプメント・エコー」やソーダファウンテン「シュガー・ボウル」も経営した。 1935年に母を亡くすとカリフォルニアに移住し、セントラル・バレーで再出発を試みる。ニコルズは20年以上にわたり、ストックトン周辺で住み込みの家政婦や介護人として働き、最終的にストックトン児童養護施設で定職を得た。1955年に夫を亡くした後は、再びエンキャンプメントへ戻り、最後の住まい「Heap-O-Livin’」に移り住む。1962年に自宅で亡くなるまで執筆と写真撮影を続け、生涯で約24,000点のネガと65年分に及ぶ日記を遺した。 ニコルズのポートレート(1930年撮影) 出版社と編集者・ヒルの英断 本書は、2021年に同じくFw: Booksから刊行された『Encampment, Wyoming: Selections From The Lora Webb Nichols Archive 1899–1948』に続く写真集である。ぼくは今回の新刊で初めて彼女の写真に触れたが、前作の時点ですでに広く注目を集めていた。その写真集はアルル国際芸術祭をはじめとする著名な写真集賞にノミネートされ、多くの作家が年間ベストブックに選ぶなど、大きな成功を収めている。
 今作も前作と同様、クラシカルな布張り表紙に写真を貼り付けたデザインを踏襲している。表紙を開けば序文を挟まず本編が始まり、親密で謎めいた魅力を持つ写真がテンポよく、時に調子を外すようなリズムを加えながら、単調さを避けた見事なシークエンスで展開される。そして最後には編集者ニコル・ジェーン・ヒルによる、ニコルズの手紙や日記を引用した素晴らしいテキストが収録されている。 こうした構成手法は、カタログ的な写真集に対する反発から生まれた現代の写真集の好例と言える。しかし単にマナーを守るだけでは、予備校の答案のように「正確にポイントを押さえただけ」の本になりがちだ。本書を、そしてニコルズの作品をここまで魅力的なものにしているのは、文脈にあえて逆らった編集方針にこそ理由がある。その立役者が、版元のFw: Booksであり、そしてニコルズ・アーカイブの保存と運営に携わり、前作と本作を編集したアメリカ人アーティストのニコル・ジェーン・ヒルである。 写真集の文法で語り始めるニコルズの写真 ニコルズが世を去ってから16年後の1978年、ヒルはオハイオ州トレドに生まれた。ノバスコシア芸術デザイン大学で写真を学び、ノースカロライナ大学チャペルヒル校でスタジオアートの修士号を取得。現在はカリフォルニア工科大学ハンボルト校の芸術・映画学部長を務める。2013年からは、1960年代にニコルズと共に暮らしながらアーカイブを守ってきたナンシー・アンダーソンと共に、膨大なネガのデジタル化や日記・手紙の復元、恒久的な保管体制の構築に取り組んできた。 もちろん、ニコルズのデビュー作となった前作が反響を生んだ最大の理由は、彼女の写真そのものの力だ。しかし、写真は撮影だけでは終わらない。プリントの選定、展示や写真集での構成、印刷サイズや方法など、数多くの選択を経て初めて「作品」となる。未完成のまま残されていた写真を作品として結実させたのは、編集者ヒルの功績にほかならない。 思い出して欲しい。本書に収録されたのは、24,000点に及ぶ写真のほんの一部にすぎない。その事実は言葉にすれば驚くべきものだ。American Heritage Centerで公開されているアーカイブを見れば、選び方次第で作家像がいかに変わり得るかを実感できるだろう。写真を選ぶ際には必ず方針が必要であり、その方針こそが本書を単なる歴史的資料カタログから差別化している。 前作が出版された際に賞賛を送った写真家のひとりが、アメリカを代表する写真家のアレック・ソスであった。ソスはヒルの編集を「勇気ある行為」と評している。歴史的な重要性が伴うものを扱う場合、そこには一定の責任が伴う。そのため通常、この時代の写真は歴史的側面が重視され、資料的なカタログに終始する。しかしヒルはその資料性をあえて無視し、Fw: Booksが現代的な写真集として仕立てた。 写真のシークエンス、モチーフのリズム、テキストの配置、ブックデザイン──本書と前作で行われている手法は、現代写真集の技法そのものであり、だからこそ過去の写真が現在のものとして蘇る。こうした編集方針は、歴史的文脈に縛られて作家性を押し殺すのではなく、ニコルズ個人の声を浮かび上がらせた。結果として100年前の写真でありながら、まるで現代作家の新刊のように響くのである。   ソスによるブックレビュー動画。 アーカイブでもファウンドでもない第三の語り 近年の類似する成功例として思い浮かぶのは、イギリス人写真家スティーブン・ギルが編集したオランダ人写真家ベルティアン・ファン・マネンの写真集『Let’s Sit Down Before We Go』である。ギルは写真集制作のスペシャリストであり、ゼロ年代後半より写真集ムーブメントを牽引した存在だった。それに対してヒルは必ずしも写真集編集に熟達していたわけではなく、彼女自身の作風もそうしたタイプではない。しかし本書は、写真のセレクトからレイアウトまで「完璧に」現代的な写真集として仕上がっている。Fw: Booksは本シリーズを通して、ニコルズという作家の魅力だけでなく、編集者としてのヒルの才能までも見出したと言えるだろう。 前作はニコルズの遺した写真のベスト盤であると同時に、アメリカ西部に暮らす女性写真家の視点から撮影された「アイコニックな」ポートレートを中心に収録した写真集だった。対して本作は、まるで自身が孫娘であるかのような視点、言い換えるならば家族アルバムに近い編集方針をもって制作されたと、ヒルは後書きで述べている。その点で、前作以上に写真集としての純度は高い。
一方で、彼女が語る「孫娘のような気持ちでロラの人生に寄り添った」という姿勢には危うさも潜む。というのも、「発見された」写真や作家の作品を編集する際には、主体がいつの間にか編集者にすり替わり、編集者がイタコ的に作家を「憑依」させて、作家を通した自分語りを始めてしまうケースも少なくないからだ。 見事な静物写真と絶妙なレイアウト。 では、なぜニコルズの写真はここまで自由で、生き生きとして見えるのか。その違いは感覚的に理解できるが、まだ言語化は難しい。ただひとつ言えるのは、ヒルがニコルズの固有名を損なわない方法で編集することに成功しているということだ。歴史的な記録としてニコルズの写真を扱った時点で、写真は歴史という巨大なアーカイブの一部に組み込まれ、無数に存在する資料のうちのひとつとして固有名が薄められてしまう。あるいは前述したように、発見されたものとして無意識に主体を損なった場合も、その固有名は薄まることになる。...


Archive

Feature: Bertien van Manenベルティアン・ファン・マネンの写真集2024年8月31日(土)- 9月23日(月) この度IACKは、オランダ人写真家のベルティアン・ファン・マネンの写真集特集を開催いたします。ファン・マネンはオランダのライデン大学でフランス文学とドイツ文学を学んだあと、ふたりの幼い子どもを育てながら翻訳者として、フランス語教師として、そしてモデルとして働いていました。しかし、40歳にして当時のアムステルダムでは数少ない女性ファッション写真家としてのキャリアをスタートし、その後スイス人写真家のロバート・フランクによるドキュメンタリー写真集の金字塔『The Americans』(1958年)に触発され、ドキュメンタリー写真家に転向します。ヨーロッパ、アジア、アメリカなど、世界各地で撮影されたファン・マネンの作品の中でも、1991年から2011年にかけて制作された『A Hundred Summers, A Hundred Winters』(1994年)、『Let's Sit Down Before We Go』(2011年)は、ソ連崩壊後のポストソビエト諸国で撮影された最初期のドキュメンタリー写真作品のひとつとして知られています。ファン・マネンは時間をかけてロシア語を学びながら、現地で出会った人々や親しくなった人々を撮影し、当時謎に包まれていた国々における暮らしと豊かさを伝えました。いつの日か作家本人を招いて企画展を開催することを夢見て、IACKは今日までに出版されたファン・マネン氏の写真集を収集しておりましたが、2024年5月27日に作者は惜しくも逝去いたしました。今回開催する特集では、彼女がこれまで出版してきた写真集全10作と最新刊『I am the only woman there』(2024年)を通して、珠玉の作品とその軌跡を紹介いたします。初めて作家の名前を耳にする方も、すでに作品に触れたことのある方も、改めてその魅力を感じる機会となれば幸いです。展示作品集A Hundred Summers, A Hundred Winters(De Verbeelding/1994年)East Wind, West Wind(De Verbeelding/2001年)Give Me Your Image(Steidl/2006年)Let's Sit Down Before We Go(MACK/2011年)Easter and Oak Trees(MACK/2013年)Moonshine(MACK/2014年)Beyond Maps And Atlases(MACK/2016年)I Will Be Wolf(MACK/2017年)Archive(MACK/2021年)Gluckauf(Fw:Books/2023年)他 *当展では、作家の公式ウェブサイトに出版物として掲載されている10冊を、作家が作品と認識していたアーティスト・ブック(写真集)として分類、収集しています。 プレスリリース...


An Introduction To Bertien van Manen

写真家、ベルティアン・ファン・マネンが生まれるまで 『Archive』(MACK/2021年)水中に三脚を立てカメラを構えるファン・マネン氏。ベルティアン・ファン・マネンは、1935年にオランダのハーグに生まれ、旧オランダ炭鉱地帯東部の中心地であるヘールレンのカトリック学校で子ども時代を過ごした。その後、オランダのライデン大学でフランス文学とドイツ文学を学び、卒業後はふたりの幼い子どもを育てながら翻訳者として、ライデン大学のフランス語教師として、そしてモデルとして働き生計を立てていた。しかしある日、自宅で開催したパーティーでアシスタントに誘われたことをきっかけに、40歳にして当時のアムステルダムでは数少ない女性ファッション写真家として、レンズを向けられる立場からレンズを向ける立場に変わることを決意する。そして同年、スイス人写真家のロバート・フランクによるドキュメンタリー写真集の金字塔『The Americans』(1958年刊)に大きな衝撃を受け、ドキュメンタリー写真家に転向する。その熱狂ぶりは、当時鉄のカーテンの向こう側にあったブダペストに赴き撮影された1975年のシリーズ、『I Will Be Wolf』(2017年刊)に見ることができる。このシリーズでは、グローバリゼーションが浸透する前のハンガリーの姿が、フランクの影響を強く感じさせる距離感とモノクロフィルムで撮影されている。『I Will Be Wolf』(MACK/2017年)カメラの小型化と写真の本質への肉薄に伴い後年は目立たないが、初期モノクローム作品からはファン・マネンの写真家としての卓越した技術とセンスが感じられる。この時点では構図への強い意識も伺える。しかし、母親として子育てをしながら、家庭生活だけでなく自分自身の可能性も試したい気持ちを抱いていたファン・マネンが写真作家として成功するには、強い意志と粘り強い勇気が必要だった。家族や肉親を撮影したり、自身のルーツである炭鉱村の写真を撮り溜めたり、当時全盛を迎えていたウーマン・リブの流れにあたるソーシャル・ドキュメンタリー写真の撮影を行うが、ファン・マネンの代名詞とも言える作風が確立され、国際的な評価を得るのは1994年になってからのことだった。『Easter and Oak Trees』(MACK/2013年)当時シリーズとして発表されることはなかったが、70年代には自身の家族を題材に写真を撮影。被写体として登場する息子の一声で写真の存在を思い出し、後年出版に至る。 『I Am The Only Woman There』(Fw:books/2024年)オランダで働く移民労働者の妻や移民女性労働者たちを撮影したシリーズ『ゲストとしての女性たち(Vrouwen te Gast)』は、1979年にオランダのフェミニスト出版社「Sara」からファン・マネン初の写真集として出版された。2024年にはオランダ人グラフィックデザイナーのハンス・グレメンが主催する独立系出版社「Fw: Books」の手により、新作として再編集された。 『Gluckauf』(Fw:Books/2023年)ファン・マネンは1985年から2013年にかけて、イギリス、チェコ、アメリカ、そしてロシアの炭鉱街を繰り返し訪れた。炭鉱街に育ったファン・マネンにとって、そこに暮らす家族やコミュニティは単なる被写体以上に、心安らぐ場所であった。それらの写真は、2冊の写真集、『Moonshine』(MACK/2014年)と『Gluckauf』にまとめられている。 ポストソビエトへの旅と『A Hundred Summers, A Hundred Winters』の成功  1991年から1994年にかけて撮影された『A Hundred Summers, A Hundred Winters』(1994年刊)は、ソ連崩壊後のモスクワやサンクトペテルブルク、オデッサ、トムスク、シベリア、カザフスタン、ウズベキスタン、モルダビア、グルジアなどで撮影された最初期のドキュメンタリー写真である。ファン・マネンは、最も早くそれらの国に入った写真家のひとりだった。時間をかけてロシア語を学びながら、ファン・マネンは現地で出会った人々や親しくなった人々を撮影し、当時謎に包まれていた国々の暮らしと豊かさを伝えた。人々と交流を行いながら長期間にわたり撮影を行うスタイルと、親密さの背景に社会を描き出すドキュメンタリーの手法はこの時点で完成されたと言える。国外から来た写真家たちが絵に描いたような悲惨さを掬い上げた写真ばかり撮影していたこともあり、ウクライナを代表する写真家のボリス・ミハイロフは当初作品に対して懐疑的な態度を見せた。しかし、彼女が見せかけではない姿を捉えようとしていることにすぐ気がつき、賞賛の言葉を送った。『A Hundred Summers, A Hundred Winters(De Verbeelding/1994年)』公式上のファーストブックであり、代表作。ファン・マネンはステレオタイプに回収されない、個々人の生活から社会を描き出そうと試みた。コミュニティに自然に溶け込むために自動撮影のコンパクトカメラが使用されている。同時代のウクライナを内部の視点から撮影した写真に関しては、ミハイロフやハルキウ派の作品で見ることができる。 『Let's Sit Down Before We Go』(MACK/2011年)『A Hundred Summers, A Hundred...


We

¥4,400

「パートナー」をテーマに出版物を制作するPARTNERS STUDIOより、カナダ出身でベルリンを拠点とする写真家のマーク・ペクメジアン、モルドバ出身でパリとアムステルダムを拠点とする写真家のオルヤ・オレイニ、そしてさいたま市在住の小学生6名が、同市で暮らす人々を捉えた写真集。 ペクメジアンは約1週間にわたり、さいたま市内・大宮駅周辺の出口付近で、ファッションストリートスナップのように通行人に声をかけ、その場で自然な姿を撮影した。オレイニは人々のつながりが生む有機的な流れに身を任せ、、自転車で移動しながら自宅やオフィスといったパーソナルな空間を訪問。もともと約10日間の滞在を予定していたが、結果的に2週間にわたり休む間もなく取材・撮影を行った。 さらに、「家族のポートレートを撮影する」フォトグラファーとして、埼玉大学教育学部附属小学校4年生の児童たちも本プロジェクトに参加している。編集者の川島拓人と、目[me]の荒神明日香、南川憲ニが小学校を訪れ、「ポートレート写真とは何か?」をテーマに特別授業を実施。その後、児童一人ひとりと「家族写真」について対話を重ね、撮影が行われた。 「ポートレート・プロジェクト」と名付けられたこれらの作品群は、2×2メートルのフレームに収められ、さいたま国際芸術祭2023の会場にて、全65日間の会期中、毎日作品が入れ替わるかたちで展示された。本書のアートディレクターには、Fw: Booksのハンス・グレメンも名を連ねている。 - Title: WeArtist: Mark Peckmezian, Olya Oleinic, Pupils of Saitama University Elementary SchoolPublisher: PARTNERS STUDIO, 2025Editor: Takuto Kawashima (partners magazine / kontakt)Art Director: Hans Gremmen, Yoshihisa Tanaka (centre inc.)Contributors: Meruro Washida (Director, Towada Art Center), Takashi Serizawa (Producer, Saitama Triennale 2023), Chris Kozwolski Moore...


気象観測カメラが映し出す自画像 ─ 『I on the Road / Weather Camera Self-Portraits』

 2012年、フィンランドのトゥルク応用科学大学写真学科を修了したばかりのタツ・グスタフソンは、セルフポートレートを通じた写真における作家性の問題や、代替的な写真制作方法の探究に関心を寄せていた。 そんなある日、フィンランドの交通カメラと気象カメラが12分ごとに写真を撮影し、24時間オンラインで保存していることを偶然知る。 この屋外カメラの前に立ち、セルフポートレートを撮るのはどうだろうか──そう考えた彼は、すぐに制作をスタートさせた。 ブロックのような佇まいと予想外の「軽さ」 もっとも、フィンランド全土を網羅するのは容易ではない。そこで彼は、毎月1週間、車中泊をしながら全国を巡ることを決めた。 グスタフソンはこの取り組みを2021年まで9年間続け、最終的に700台以上の路上カメラの前に立った。その成果物が本作、『I on the Road / Weather Camera Self-Portraits(路上の私/気象観測カメラの自画像)』である。 本書はまず、そのコンクリートブロックのような佇まいが読者の目をひく。 表紙には明らかにデータサイズが足りておらず、引き伸ばされたことで劣化した写真が貼り付けられている。背表紙と裏表紙には文字がぎっしりと詰め込まれ、どこか機械的な印象を与える。 先日紹介した『Incomplete Encyclopedia of Touch』同様、本書もかなり厚みのある写真集だが、前者が見た目よりも重くないのに対し、本書はソリッドな塊のような見た目に比べて異様に軽い。薄い用紙を使用しているためだが、その軽さは実用性以上に、鑑賞体験に重要な効果をもたらしていることが、本書を読み進めるとわかる。ひめくりカレンダーのように縦開きでページをめくると、不鮮明な画像が道路番号、撮影地、撮影年とともに印刷されている。  表紙では気づかなかった人も多いかもしれないが、必ず写真の中には人が映り込んでいる。それらはすべて、グスタフソン自身の姿だ。直立不動でカメラを見つめたり、気を逸らしたり、時にポーズをとったり。フィンランドの多様な風景とともに、400ページにわたり微細な変化を見せている。 不鮮明な画像がもたらす不気味さ  すでに述べたように、これらの写真は作者自身が撮影したものでも、誰かが遠隔操作してシャッターを切ったものでもない。スクリーンショットを撮影と解釈することもできるが、あくまでも気象観測のため、決まった時間に決まった設定で機械が「記録」した写真である。カメラが本来捉えようとしているのは風景であり、グスタフソンは意図的にレンズを向けられた対象ではない。人間はあくまで「映り込んだもの」として処理される存在にすぎない。  データは24時間しか保存されないため、元の光景も、そのレンズが写したオリジナルのデータも次々に消えていく。ふたつのオリジナルは消失し、写真はスクリーンショットになることで、どこか現実味のない画像へと形を変える。定点カメラの画像は処理速度を優先するため、画質を落としていることが多い。その結果残された不鮮明な画像は、まるで古いホラー映画や心霊映像のような不気味さを帯びている。  実際、IACKで本書を手にした人の多くが「面白い」というより「怖い」と口にした。その理由は、写真から画像へとスライドする過程で失われた現実味のなさに加え、監視する側から監視される側へと向かう一方的な視線構造の中で、本来起こるはずのないイレギュラー──レンズを無言で見返す存在──から生じる不気味さにあるだろう。 監視カメラや観測カメラは、そもそも視線の交換を前提としていない。その前提が視線の介入によって破られたとき、私たちは強い違和感や不安感を覚える。声や表情を使わずとも、視線は時に何よりも強いメッセージを放つのだ。 だが視線の構造以上に、今本書を読んでいて改めて強く感じられるのは、これらのイメージが放つポートレートとしての力である。グスタフソンはこのカメラの前では固有名を持つ存在ではなく、移ろう自然の一部としてしか記録されない。そしてその記録すら一時的で、彼がそこにいたという証明も1日経てば消えてしまう。 まるでその揺るぎない現実に対して、静かに存在を主張するかのように、グスタフソンはカメラの前に立ち尽くす。表情や細部は伝わらなくとも、その集積であるこれらのスクリーンショットは、むしろ個としての姿をより鮮烈に印象づけている。 存在とイメージのあいだに漂う肖像 ここで本書の造本に再び目を戻してみる。本書のひめくりカレンダーのような造りは、日々の経過を印象づける。彼が制作にかけた年月に反して、ページをめくると一瞬のうちに時間は流れていく。そして本の軽さは、これらのスクリーンショットが持つ軽さ──オリジナルのコピーのコピーとしての、現実の景色も写真も存在しないことの「幽霊的な軽さ」と響き合う。 机の上に置き、カレンダーのように1日1ページをめくりながら味わうのもいい。(実際、そのようにも楽しめる開きのよい製本になっている)ゆっくりと味わうことで、ページとページの間に横たわる時間の流れをより強く感じることもできる。 存在とイメージのあいだに漂うかすかな痕跡。そこに立ち現れるのは、フィンランド全土の多様な風景と溶け合いながらも、なお個としての痕跡を刻もうとする現代人の肖像なのである。 Article by Yukihito Kono (28 August, 2025) Title: I on the Road / Weather Camera Self-PortraitsArtist: Tatu GustafssonPublisher: Fw:...


作品集を読む『Illuminance』(前編)

10年越しの再販となる川内の代表作は、日常がゆらぎの中にある昨今だからこそ手に取るべき作品集である。本書は「何気ない日常」を賛美するのではなく、その中で緩やかに連続する生と死、そして白昼夢のように形の定まらない世界の姿を提示する。 ... 2001年に出版された『うたたね』から10年。その世界をさらなる高みへと昇華させた川内の13冊目の作品集として、『Illuminance』は制作された。そしてさらに10年後の2021年。日本の独立系出版社「torch press」とアメリカの写真機関「Aperture」によって、長らく絶版状態となっていた本書が装いを新たに再出版されることとなった。 あくまでオリジナル版を尊重した新版をコンセプトに、写真の構成や判型には変更を加えず、オランダの出版社「Fw:Books」を主催するデザイナー、ハンス・グレメンの手によってデザインの一部が刷新されている。また、追加収録された2本のエッセイは、発表から10年が経過した今作品を再読する上で大きな補助となるだろう。Foil/Aperture版(初版)とtorch press/Aperture版(新版)。大胆に刷新されたカバーデザインに思わず目がいくが、文字周りにも注目してみると面白い。初版はイルミネーションを思わせるドットで組んだ文字であり、新版は光のあたり方によって色の見え方が変わるインクを採用。川内は制作当初本作のタイトルを「Iridescence(玉虫色)」にするつもりだったとインタビューで明かしているが、そのアイディアを形を変えて反映させたのだろうか。[*1] Foil/Aperture版(上)とtorch press/Aperture版(下)。文字まわりのデザインも含めて、初版は光がきらめくような世界観を前提にデザインされており、モノとしての作品性が際立つ。一方で10年を経た新刊は見た目の派手さこそないが、一枚一枚の写真と作品を際立たせるようなデザインがなされた。  『Illuminance』は「照度」という意味を持つように、光という写真の命題に向き合った作品シリーズ。この世界に満ちている光と闇、そして生と死。美しさと同時に悲しさをも含有する川内倫子がとらえるそれらの断片は、時間や場所をも超えて、普遍とは何かを私たちに訴えかけます。崇高でありながらささやかに、私たちが見ているこの世界の新しい扉を開きます。- 『Illuminance』解説より 照度とは、人間が感じる、平面を照らす明るさの心理的な物量を意味する。川内はそれを写真の根源的なテーマと捉え、「光」を題材に約15年をかけて撮りためた写真を一冊の本にまとめた。『うたたね』と『Illumincance』は大枠としての世界観を共有しているが[*2]、この2作は一連のシリーズというよりも、むしろ性質の大きく異なる作品として捉えられるべきだろう。前作では写し出された日常風景の主人として、あるいは「うたたね」をする主体として川内が作品の中心に君臨しているのに対して、『Illuminance』は光という現象そのものが主軸である。また、「ただ日常を撮った」[*3] と思わせる写真の数が減り、より断片的な印象が増したことも相まって、作家の人格や日常性と写真との硬い結び目は緩められている。その結果、本書に収録された写真は時にストックフォト(写真素材)を連想させるほど匿名的で突き放した「イメージ」となっている。[*4]Spread from "Illuminance"また、日常に潜むさまざまな死の形をすくい上げている点は2作に共通しているが、解説からも明らかなように、『うたたね』では見慣れた光景を見知らぬ光景へと変化させる写真家/カメラの魔術性がより一層強調されており、加えて「生」を想起させるイメージが多く収録されている。[*5] そのため「生と死」の、言い換えるならば「日常と日常の終わり」のコントラストは強固なものとなり、それらは互いを苛烈に引き立たせる。一方『Illuminance』では、川内らしい場面の切り取り方や現実の変容は変わらず行われているが、光という共通のモチーフによって断片的に撮影された写真が緩やかに連結されることで、生と死のイメージは対立構造に置かれるというよりも、それぞれが等価な現象として提示される。 Spreads from "Illuminance"作家の日常風景の連続性から、世界の断片的なイメージの連続性へ。どちらの作品集でも「光と闇」や「生と死」という言葉が作品解説に用いられているが、本書の真髄はむしろ、夢と現実のはざまがゆらぐ「うたたね」状態のように、そのような対立構造で図ることのできない曖昧な状態こそがこの世界の姿であり、私たちの日常であるということを示すことにあるのではないだろうか。(続く)-[*1] リーナ・フレッチュ「日本写真史 1945-2017 ヨーロッパからみた『日本の写真』の多様性」2018年、201ページ[*2] 「鯉、雲、カラス、カーテン、おじいちゃん、タイヤ、目玉焼き、蟻、蝶など、ただ日常を撮った写真集。なにげない風景、さもすれば見落としてしまいそうな草花や小さな虫たちに目を向ける。川内倫子のカメラを通すと、ただのグラスがキラキラ光る宝石になり、一匹の蟻がスタイリッシュに変身し、鳩の死骸が恐ろしくて近寄れない空気感を漂わせる。やさしさと隣り合わせに存在する怖さ。生と死を強く感じさせる一冊。」- 『うたたね』解説より [*3] デイビッド・チャンドラーは『Illumincance』に収録された論考で、本書が全体を通して一人称で語られている印象を残したとても個人的な作品集であり、それぞれの写真が作家本人の生活や経験と直接結びついているという川内本人の言葉を認めながらも、本書の断片と断片を重ね合わせる編集方法が生み出す鑑賞における意識の流れの中では、写真はそのような記録という役割も状態も持たないことを示唆すると述べている。あらゆる写真は一部の例外を除き必然的に撮影者と深く結びついている。その前提を有しながらも、正方形のフォーマットで一層強調される断片性と本書の構造、そして文脈が変わると意味が一変する写真の性質は、本書に極めて個人的でありながらも時に素材写真のように匿名的な印象を同時にもたらしている。[*4] 「自分の記憶が混乱する、例えば、寝起きの時に夢と現実を混同したり、自分の過去から何でもない出来事をふと思い出したり。それがとてもリアルで、ものすごく気持ち悪くなる時があります。日々見ている景色は覚えていなくても、実はそれらは全部脳の中に入っていて、それを内包しながら自分たちは生きている。そんな強迫観念のようなものがいつも自分にはあって、とても怖くもあり、またインスピレーションを受ける源ともなっている。そういう意味を込めて、最初に出した写真集には『うたたね』というタイトルをつけたんですが、『Illuminance』もそのコンセプトは変わりません」- 平成24年度 東京都写真美術館自主企画展 「川内倫子展 照度 あめつち 影を見る KAWAUCHI Rinko Illuminance, Ametsuchi, Seeing Shadow」https://topmuseum.jp/contents/exhibition/topic-1593.html (accessed on 24th March 2022)[*5] 川内の写真は、何気ない日常をありのまま映し出す写真というよりも、写真家の鋭い視点とカメラの魔術によって被写体を変容させ、日常風景や世界に対する新たな視点や感覚を湧き上がらせると評されることが多い。しかし川内はそれを、現実をファンタジーとして見せる目的ではなく、あくまで自分が見た景色や見えている世界をリアルに表現することに重きを置いていると述べている。詳しくは「PHOTOGRAPHICA 2009 Winter vol.17」を参照。Title: IlluminanceArtist: Rinko Kawauchitorch press/Aperture, 2021Hardcover...


Talking about Photobooks

¥6,490

「写真集を語る」と題された本書は、写真集というメディアの歴史、建築や人工知能との関係、アートや社会、中心や周辺において写真集が果たしうる役割に関するさまざま論考を収録。写真集をどのように研究し、収集し、流通させ、展示するかといった実践的な内容も含んでおり、写真出版物の制作者、コレクター、研究者、愛好家にとって、次の10年が何をもたらすかについての考察で締めくくられている。 自動翻訳が普及し始め、ようやく非英語話者もリアルタイムに同時代的な議論に触れられる機会が増えました。現代の写真を論ずるにあたり、今どのようなテーマが取り上げられているのか、見識を広げてみる良い機会ではないでしょうか。興味を抱いたトピックを翻訳にかけながらまずは読んでみてください。冬の読書にどうぞ。 - Title: Talking about PhotobooksEditor: Moritz NeumüllerFw: Books, 2024softcover with flap covers235 x 170 mm352 pagesText in EnglishDesigned by K.ChenFirst editionISBN: 978-87-970103-8-9¥6,490- 寄稿者Irene Attinger、Gerry Badger、Irina Chmyreva、Kyungwoo Chun、Frederique Deschamps、Boris Eldagsen、Olle Essvik、David Fathi、John Fleetwood、Olubukola Gbadegesin、Yining He、Vreni Hockenjos、 Per Bak Jensen、Adam Mazur、Athol McCredie、Lars Movin、José Luis Neves、Kateryna Radchenko、Rolf Sachsse、Mette Sandbye、Markus Schaden、David Solo、Bart...


(Signed) Sequester by Awoiska van der Molen

¥0

オランダ人写真家、アヴォイスカ・ファン・デル・モーレンによる写真集。ファン・デル・モーレンのファーストブックにして代表作である本書は、夕暮れ時や早朝に撮影されたモノクロームの風景写真を収録。写真は、カナリア諸島の火山をはじめとした人里離れた場所で最長30分の長時間露光を行い撮影されており、その後、暗室で大判の銀塩写真紙に焼き付けられた。写真は光によって存在するが、ファン・デル・モーレンの写真に写る風景は暗闇からこちらに迫ってくる。写真集の優れたブックデザインと編集で知られるオランダの「Fw: Books」の手により、工芸品のような美しさで知られるファン・デル・モーレンのプリントのポテンシャルが、最大限引き出されている。サイン入り初版本。-Title: Sequester Artist; Awoiska van der MolenFw: Books, 2014Hardcover with dust jacket, duotone (partly printed on black paper)290 x 240 mm80 pagesText in EnglishFirst edition, signed by the artistISBN: 978-94-90119-29-4


Blanco by Awoiska van der Molen

¥19,800

オランダ人写真家、アヴォイスカ・ファン・デル・モーレンによる写真集。大きな成功を収めたファーストブック『Sequester』に続く、2冊目の出版物として出版された作品集。「アヴォイスカ・ファン・デル・モーレンは、人里離れた場所で孤独に長い時間を過ごしながら、風景のアイデンティティをゆっくりと解き明かし、その土地特有の感情的、物理的な特質を刻みつける。風景の中での個人的な経験を創作プロセスに生かし、彼女は本能的に、自分と周囲の境界が曖昧になるような状態を探し求めている」─アンナ・ダンネマン(The Photographers’ Gallery/シニアキュレーター)-Title: Blanco Artist: Awoiska van der MolenFw: Books, 2017Softcover with canvas dust jacket, tritone240 x 290 mmText in EnglishFirst editionISBN: 978-94-90119-48-5¥19,800 -

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