包摂から併存へ──ロー・エスリッジ『Le Luxe』
現代写真を語るうえで避けては通れない作家の一人、ロー・エスリッジ。
なかでも写真集『Le Luxe』は、新たな写真表現の扉を開いた重要作であり、現在第一線で活動する多くの作家に決定的な影響を与えた。
一方で、近年その名を挙げても実感を伴って受け止められない世代が増えているのも事実で、そこに時代の推移を感じずにはいられない。
先日紹介したダニエル・シェアの『Distribution』とあわせて読むことで、いまの地点からこの本を捉え直せるのではないか。そのような考えが浮かび、数年ぶりに本書を仕入れた。
Roe Ethridge, Le Luxe
MACK, 2012 (second edition)
本書は、アメリカ人アーティスト、ロー・エスリッジが2011年にイギリスの出版社MACKから刊行した写真集の第二版である。第一版がブルーであったのに対し、本版は赤いカバーをまとう。
消費社会は、エスリッジの制作に通底する主題だ。2004年に自費出版された『SPARE BEDROOM』の段階で、すでにその主題に対する独自の方法論の骨格は形成されていたと言っていい。
過去およそ10年間に撮影された写真を再構成した『Le Luxe』は、彼が2005年11月から2010年1月にかけて従事した、世界貿易センターに隣接するマンハッタン中心部の建築を記録するコミッションワークを主軸としている。言葉で直接説明されるわけではない。だが読み進めるなかで立ち上がってくるのは、やはり消費社会や資本主義社会の相貌である。
本書においてエスリッジは、それまで断続的に試みてきた方法論を、ひとつのスタイルとして決定的に結晶させた。それは作家性から切り離されたような写真やファウンドイメージを直接的に組み込むことで、「作家」や「作品」をめぐる神話を正面から揺さぶる試みでもあった。
記録としてのコミッションワークが、本書の基底を成している。
エスリッジは自身が仕事として撮影した商業的な写真やファウンドイメージを、いわゆるストレートな写真と混在させ、ページをまたいで複雑なシークエンスを形づくっていく。
この読み解きについては、先日ダニエル・シェアのシークエンス構築を紹介した際の視点を援用すれば、構造はより明確に見えてくるだろう。そのシークエンスの内部に、流れを断ち切るようなコマーシャル的/作品的イメージが差し挟まれることで、本作は安易なジャンル分けから遠ざかっていく。
ドキュメンタリーか。コンセプチュアルか。現代美術か。既存の語彙で定義することはもはや難しい。本書は写真家の営為が「記録」から、広大なイメージの領域を操作することへと移行している事実を、はっきりと示している。
自身の仕事を作品へ取り込んだ例はこれまでも数多く存在する。例えばヴォルフガング・ティルマンスの名前が挙げられるだろう。しかし彼の場合、商業誌で撮影された写真やコマーシャルの文脈にあるイメージであっても、強固な作家性がそれらを「ティルマンスの作品」として包摂する。
結果としてコマーシャルの匂いは薄められ、すべてが「ティルマンス印」の捺された作品へと回収されていくのだ。
Spread from the book "Truth Study Center" by Wolfgang Tillmans
強固な作家性によってすべてが「作品」へと回収される。
ではエスリッジの場合はどうか。
彼は写真を作家神話の内部に回収しない。むしろ、コマーシャルの様式の中に位置づけられていると言っても過言ではない。ファッション誌や広告の語法を思わせるイメージは、文脈を移動することで、消費社会そのものへの批評として作用し始める。
ファッション写真はファッション写真のまま、広告は広告のまま置かれる。ティルマンスのように作家性がそれらを統合するのではない。衝突や断絶そのものがページ上に露出する。
それは芸術と商業を融和させる身振りではない。
コマーシャルと作品が分離できないまま併存している現実。それこそが現代性であり、本書はそのイメージ・システムの現状を明確に反映している。この転換は、作家的純度の高さによって価値を保証してきた従来の前提を反転させる。そして同時に、二項対立そのものが効力を失いつつある社会の姿を示す。異質なイメージが並ぶことで、主軸となるいわゆる「作品」的なストレート写真の読みまでもが連鎖的に変化していく。
さらに本書では、アナログとデジタルも未分化のまま共存する。かつては断裂として受け止められた差異を、今日の読者は大きな違和感なく引き受けるだろう。そこにもまた、時間がもたらす読解の更新がある。
Spread from the book "Le Luxe"
エスリッジが提示した反英雄的な態度、理想化された作家像へのアンチヒーロー的なスタンスは、その後のアメリカを中心とする写真表現にひとつの基準を与えた。ミクロな政治性や社会性を扱いながら、現実と虚構の境界を前提として引き受ける後の世代の背後には、確かにエスリッジの影がある。
古典の面白さとは、時代が進むことで読み方が変わる点にある。変化に耐え続けるからこそ、作品は古典になっていく。その後に起きた数々の社会的出来事や価値観の転換を経たいま、本書の位置づけもまた更新された。読み返すと、かつてとは異なる像が浮かび上がる。
だからこそ、そしてダニエル・シェアを紹介した後のいまだからこそ、あらためて手に取ってほしい。
Article by Yukihito Kono (18 February, 2026)
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Title: Le Luxe
Artist: Roe Ethridge
Publisher: MACK, September 2012
Format: Embossed hardcover
Size: 250 × 285 mm
Pages: 206 pages
Language: English
Edition: Second edition
ISBN: 978-1-907946-08-0