ストロボが照らす廃墟の夢──レティシア・ル・フール『Le Crépuscule des Lieux』
Le Crépuscule des Lieux (RVB Books, 2025)
フランス・パリの出版社「RVB Books」は、その秀逸なキュレーションとデザインによって、今や写真集/アートブック業界をリードする存在である。彼らは昨年より新たな取り組みとして、ラグジュアリーホテルグループ「ベルモンド(Belmond)」と共同で出版プロジェクト「AS SEEN BY」をスタートさせた。
IACKの店頭やイベントでブースにお越しいただいた方は、その洗練された佇まいの本を必ず目にしたことがあるはずである。「AS SEEN BY」は、ベルモンドが所有するホテルや寝台列車に作家を派遣し、そこで滞在制作した作品をRVB Booksが写真集として出版するシリーズだ。毎号判型は同じながらも、作品に応じて印刷や用紙などのデザインを変化させることで、いわゆるプロモーション目的の出版物ではなく、独立した写真集として高い評価を獲得している。
絶版の『Caruso』を除く全タイトル(RVB Books ウェブサイトより)
さて、ここまで「AS SEEN BY」について述べてきたが、この記事で紹介するのはこのシリーズではない。シーズンごとに2〜3冊が刊行されるこのシリーズの第一弾の中でも、とりわけ大きな反響を呼んだ『Caruso』の作者、レティシア・ル・フールによる新刊を今回は取り上げたい。
生々しく照らす光の系譜
今作『その場所の黄昏(Le Crépuscule des Lieux)』でル・フールは、前作の美しいオレンジが印象的なイタリアの風景とは異なる、お伽話のような不思議な世界へと読者を誘う。舞台となるのは、廃墟となった家屋や城に佇む、主人を失いながらもなお痕跡を残す品々に満ちた空間である。ここでいう廃墟は、一般的に想像されるような退廃的ロマンを帯び、荒れ果てた空間ではない。ル・フールが撮影したのは、目を休ませる暇もないほどカラフルで豪華でありながら、同時にどこか空虚さを漂わせる廃墟である。

前作『Caruso』と直接的なつながりはないものの、撮影スタイルは共通している。この2作を結びつけ、そして本作においてさらに大きな視覚的効果を与えているのは、大胆なストロボの使用だ。被写体に直接ストロボを当てることで、写真は均一なピントとシャープさを持ち、モチーフは高い彩度で映し出されている。
ここで少し、ストロボと写真表現の文脈を整理しておきたい。ストロボを表現手段として効果的に活用した最初期の写真家のひとりとして知られるのが、ウィージー(Weegee)ことアーサー・フェリグ(1899–1968)である。ウィージーは警察無線を傍受していち早く事件現場に駆けつけ、強烈なストロボ光で事件や事故現場を撮影した。社会に大きなインパクトを残した彼の写真は、今の時代に見ても衝撃的で、到底真似することができない。
[Black Buick with dead passenger pulled out of the Harlem River, New York], February 23, 1942 © Weegee Archive/International Center of Photography(Magnum Photosウェブサイトより)
元々ストロボは、暗所で被写体をはっきりと撮影するために発明された。しかし彼にとってのストロボは、単に夜間の視認性を補う道具ではなく、現場を生々しく暴き出すための表現手段となった。それは記録写真で「全体を正確に写す」ための使用法とは意味合いが異なる。彼はストロボをスキャンダラスで過激なイメージを生み出すための装置として使い、その写真と彼をスターへと押し上げた世間の評価は、「グロテスクなものを見たい」という現代人の欲望そのものを映し出していた。
『Zuma』との類似性と本作での飛躍
その後、ストロボ写真はストリートスナップやドキュメンタリーの分野で表現として広く受容され、時代ごとに再解釈されつつ使用されてきた。ル・フールのストロボ使用もまた「被写体の本質を暴き出す」という点ではその系譜に位置づけられる。だが詳細に目をむける前に、ストロボを別の観点から使用したアメリカ人アーティスト、ジョン・ディヴォラ(1949-)の代表作『Zuma』に言及しておく必要がある。
『Zuma』は1977〜78年に、ディヴォラが南カリフォルニアのズマビーチで偶然発見した廃墟を撮影したシリーズである。その廃墟は消防隊の訓練や侵入者による破壊や落書きによって無数の痕跡を抱えており、さらにディヴォラ自身も介入することで、彼はその重層的な変化を記録した。室内には残骸が散乱し、窓やドアの向こうには海や空の夕景がドラマチックに広がる。彼は室内で強力なストロボを焚くことで、空間を均質に照らし出し、前景・中景・後景──室内と外部の景色──を均一化したのである。本作は、空間の変化、視覚的要素、そして撮影行為がもたらす作者の介入を建造物を通して可視化した名作であり、ストロボは空間の均質化と平面化、さらにヴィヴィッドなカラー表現を実現している。
Zuma Series (folder two) / Zuma #14 by John Divola, 1978. (作家ウェブサイトより)
「廃墟」というロケーションと「ストロボ」という手法において、ル・フールの作品にはディヴォラと共有する部分がある。実際、彼女のウェブサイト上で本作の前に配置されているシリーズの撮影スタイルは、『Zuma』を想起させる。その流れにある本作もまた、ディヴォラ的な文脈で解釈していくことも可能だろう。しかし、本作におけるロケーションと技法の意味合いは、『Zuma』とは大きく異なる。ストロボでディテールを強調し、鮮やかな色を生み出す点は共通している。だが、ディヴォラにおけるストロボがレイヤーを均質化する、「形式的実験を志向した芸術写真」であったのに対し、今作におけるル・フールのストロボには、90年代以降のヨーガン・テラーらによるファッション写真以降の文脈を読み込むこともできるかもしれない。
テラーら新世代の写真家は、ウィージーが発見したストロボのショック効果をラグジュアリー・ファッションの分野に持ち込み、グロテスクなまでに生々しいリアルさで既存の美学を刷新した。(やがてはそれ自体がラグジュアリーの様式として形骸化するのだが)*1 その影響はファッション以外の領域にも波及し、表現のコードとして主流化した。そうした文脈で見ると、本作におけるファッション写真的なストロボの使用は、写真のスタイリッシュさと廃墟に佇むオブジェの豪華さ、そして空虚さを同時に際立たせている。

また、ディヴォラが部屋全体を撮影したのに対し、ル・フールは全体像を決して見せない。断片の集積によってのみ空間が立ち上がり、読者は想像を余儀なくされる。その全体像の代替物こそが「本」という媒体の持つ空間なのである。本書の構造は現代の視覚文化を反映したユニークな造りになっており、そのブックデザインは本作のポテンシャルをさらに引き出している。
この本はスマートフォンの画面──すなわちSNS時代の視覚構造──を模している。どういうことか。ページの見開きをスクリーン/タイムラインと仮定し、ページをめくる行為を「上方向へのスクロール」と考えてみてほしい。ページをめくると、前のページで下部に見切れていた写真が上部に現れ、さらに次のページへと流れていく。横開きのページを用いながら、まるで縦スクロールのように写真が次々と展開していくのだ。このレイアウトは現代の視覚文化をアナログな「本」という物質に還元する試みであり、絶え間なく流れていくタイムラインの速度感は、豪華な装飾や品々の「諸行無常」を強調する。

読み進めることで画像がスクロールする。
欲望の表象としてのオブジェ
文化的背景が近しい人々にはそう映るのかもしれないが、ぼくは本書から「主人を失った物が醸し出すメランコリー」や「所有者と物との関係性」はあまり感じられなかった。むしろ本書のカオスの中に見たのは、所有者との関係性やメランコリーを超えた、人間の欲望を具現化したオブジェの姿である。ストロボの生み出すギラついた質感と平面性、そしてストロボ表現の文脈は、その禍々しさをさらに際立たせる。
視覚的にはカラフルでポップで美しい。しかし、反逆的な表現を権力者が「あえて」受け入れる構造のように、この本をそのまま美しいと享受することは、ただ空虚を再生産する行為に過ぎないのではないか。むしろ注目すべきは、本作が現代におけるイメージのコード──すなわち「どのような被写体を、どのように撮影すれば、どのようなイメージが生まれるか」──をむき出しにしつつ、ウィージーのように「現代人の欲望」までも映し出している点にある。
そしてその欲望は、「本」というオールドメディアとSNS的な時間軸とを衝突させることでカオスとして具現化する。本はSNS的な流れとは対極にある、物質として世界に残るスロー・メディアだ。しかし本書のデザインは流れの速さを感じさせ、豪華な装飾品の数々はストロボによってその矛盾を露わにする。結果として色彩や質感は強烈な生を獲得し、ページの中で浮かび上がる。これらの矛盾がぶつかり合うことで、本書はカオティックな視覚的印象を読者に与える。
このカラフルで混沌とした空間に立ち現れるのもの──それはただのオブジェでも廃墟でもない、むき出しの人間の姿なのだ。
*(1) 90年代ファッション写真における変革は、もちろんストロボの使用だけで語れるものではない。コンパクトカメラの普及や新世代ファッションデザイナーの登場など複合的な要因が重なり、大きなうねりが巻き起こった。その背景を理解するには、前世代の潮流や思想を踏まえることが必要だ。
Article by Yukihito Kono (1 October, 2025)
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Title: Le Crépuscule des Lieux
Artist: Letizia Le Fur
Publisher: RVB Books, 2025
Format: Softcover
Size: 220 × 310 mm
Pages: 180, with 94 photographs
Language: French
Edition: First edition
ISBN: 978-2-492175-61-9
Price: ¥6,710
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