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スプーンをめぐる、デザインと写真の対話──ジャスパー・モリソン『A Book of Spoons』


過去に作品集展を開催したイギリス人写真家、ナイジェル・シャフラン(Nigel Shafran)のアーカイブより、彼が撮影を担当したジャスパー・モリソン(Jasper Morrison)の作品集、『A Book of Spoons』(1997年)を紹介します。

『Jasper Morrison: A Book of Spoons』(Imschoot uitgevers、1997年)

インテリアに関心がない人でも、モリソンの名前を耳にしたり、その作品を目にしたことがあるかもしれない。VitraやFlosといった大手家具メーカーから無印良品まで、モリソンはプロダクトデザイナーとして、実に幅広い製品を手がけてきた。

「ジャスパー・モリソンはロンドン、東京、パリの3箇所を拠点として活躍するデザイナーです。 彼は、「スーパーノーマル」という独自のデザイン哲学を掲げ、奇抜で豪華なデザインではなく、「究極のシンプル」とも言える、無駄なものを削ぎ落とした、実用的なデザインが特徴です 」(Vitra社 ウェブサイトより抜粋)


モリソンらしさに溢れたデザインの妙

1997年に出版された本書は、スロット付きのスプーンからアイスクリームの棒まで、モリソンが旅先で収集したさまざまな時代のスプーン・コレクションを紹介している。

冒頭にはスプーンの歴史を紐解く序文が収録されているが、その後は、均質なライティングで撮影されたスプーンのモノクロ写真が淡々と続く。


ノドに配置された小さなキャプションは覗き込まないと読めない。


本書は、その個性豊かなスプーンのキュレーションだけでなく、編集方針にも強いこだわりが見られる。

例えば、序文だけでなく各スプーンの説明文もすべて横書きで、背表紙から表紙までの全レイアウト(見開き中央の版元ロゴを除く)が横方向で統一されている。つまり本書は、横向きにして縦方向に開くことを前提としているのである。

さらにキャプションはすべてノド(本を開いたとき中央にくる部分)ぎりぎりに配置され、スプーンのビジュアルに視線が集中するよう工夫されている。そして最もユニークなのは、本の前半では写真が右ページに、後半では左ページに配置されるレイアウトだ。こうした構造からも、モリソンの徹底したデザイン精神と美学がうかがえる。

完璧さに余白を与える写真家の視点


このブックデザインを表す言葉として、「完璧さ」ほどふさわしいものはないだろう。しかし、もし本書が単なる「完璧なデザインブック」であれば、出版から年月を経た今も人々を惹きつけ続けることはなかったはずだ。その几帳面なデザインに柔らかな余白を与えているのが、ナイジェル・シャフランによる写真である。

ファッション写真家としての認知も高いシャフランだが、実は作家活動以前、静物写真──いわゆる物撮りを専門とするスタジオカメラマンのアシスタントからキャリアをスタートさせた。その経験は作家としての作品にも受け継がれ、絵画を参照しつつ、現代的なモチーフを独自の視点で捉えるスタイルへとつながっている。

本書が出版されたのは、彼が自費出版したファーストブック『Ruthbook』(1995年)から2年後。今ではあまり見られなくなったが、初期に時折採用していたモノクロフィルムによる撮影スタイルで統一されている。

均質なライティングで対象を撮影するこのアプローチは、現代写真の始祖のひとりであり、ドイツを代表する写真家デュオであるベッヒャー夫妻の仕事を想起させる。ベルント&ヒラ・ベッヒャー(Bernd & Hilla Becher)夫妻は、給水塔や工業建造物を影の出ない曇りの日に同じ構図で撮影し、それらを並べて見せることで差異を際立たせた。タイポロジーと呼ばれるこの一貫した手法は、コンセプチュアル写真の原点ともいえるもので、現在でも大きな影響力を持つ。



欧米諸国の高炉の写真を収録したシリーズ『Blast Furnaces』(The MIT Press、1990年)

シャフランの写真は、ベッヒャー夫妻ほどのシャープさや細部の描写は目指していないが、均質な撮影によってスプーン同士の差異を際立たせるという点で、彼らの手法を踏襲している。

そして、本書に最も大きな余白をもたらしているのが、スプーンへの写り込みだ。木製やプラスチック製では見られないが、シルバーや光沢のある素材のスプーンでは、カメラやスタジオの風景が歪んだ姿で映り込んでいる。


商品撮影や目録写真では避けられるべき要素かもしれない。しかし、シャフランの場合、この写り込みは、ステージとバックステージの境界を曖昧にする彼の特徴を大いに感じさせ、完璧に整えられたデザインに柔らかさを添えている。


日常の道具から垣間見える新たな世界


小さなスプーンの集合から見えてくるのは、単なる道具以上の物語だ。そこには日常に潜む美しさを再発見する喜び、そして写真の本質的な問いへのヒントが詰まっている。


普段何気なく使うスプーンを、改めて凝視する機会は多くない。ベッヒャー夫妻と同じタイポロジーのアプローチを流用しつつ、彼らがレンズを向けた巨大建造物とは対極の存在──壮大さも複雑さもないシンプルな、小さな製品のコレクションは、スプーンが持つ単なる道具以上の存在感を示している。

物の本質や魅力を引き出す写真とは何か。しかめっ面で考えるだけでは答えが出ないだろう。案外、答えは本書のように、一見関係なさそうな対象から、そして緻密な計算のすき間から生まれる余白に、そっと立ち上がってくるのかもしれない。

 

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Article by Yukihito Kono (15 August, 2025)



Title: A Book of Spoons
Artist: Jasper Morrison
Photography: Nigel Shafran
Editor: Cornelia Lauf
Design: Paul Elliman
Publisher: Imschoot uitgevers, 1997
Format: Softcover with flaps, section sewn
Size: 150 × 210 mm
Pages: 88
Language: English
Edition: First edition of 3,000 copies
ISBN: 978-9072191854


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