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「触れる」という普遍的行動をめぐって ─ Incomplete Encyclopedia of Touch

『Incomplete Encyclopedia of Touch』(RVB Books、2014年)


昨年11月の東京アートブックフェアにあわせて仕入れた本の中に、厚さが5センチほどある奇想天外な写真集があった。


実際に手に取るとサイズの割に軽いのだが、ブックフェアというイベントの性質上、お客さんたちは重い荷物をなるべく避けたかったようである。意気込んで多く持って行ったにもかかわらず、残念ながら販売にはほとんど結びつかなかった。


しかしその後、通販や店頭であれよあれよと捌けていき、あっという間に在庫切れとなった。大きなサイズの本は輸入時の送料もかさむため、なかなか重い腰を上げられずにいたが、先月、久しぶりに再入荷することができた。



本書のタイトルは、『Incomplete Encyclopedia of Touch』。日本語にすると「触れることの不完全な百科事典」である。著者には、アーティストのエリック・ケッセルス、クリエイティブ・ディレクターのカレル・デ・マルダー、写真コレクターであり編集者のトマス・ソヴァンの三名が名を連ねている。

電話帳のように分厚いこの本には、2,948枚もの写真が収録されている。といっても、彼ら自身や名の知られた写真家が撮影したものではない。ほとんどが市井の人々による家族写真や、出自の不明な写真で、市場価値もほとんどないと思われる。これらは、「価値のない写真」のコレクターでもある彼らが蒐集した、15,000冊を超える家族アルバムから選び出した、「何かにそっと手を添える人々」の写真である。

この奇想天外なコンセプトは、一見理解し難いかもしれない。しかし、タイトル通りその内容を受け取ればいい。本書には車、ボート、動物、木々、冷蔵庫、橋、茂み、仲間、さらには墓に至るまで、時代や場所を越えて同じ行動をとる人々の姿が分類されている。人類は時代や場所、文化圏さえ異なっていても、同じような仕草を繰り返してきた。その事実は読者に新鮮な驚きを与えるだろう。


現代写真の文脈では、このように匿名の写真を素材とした作品ジャンルを「ファウンドフォト(Found Photo)」と呼ぶ。誰かが「見つけた」写真を再構成することで、そこに潜む記号的な意味や時代性を浮かび上がらせる表現手法であり、特に2000年代以降に大きなブームとなり、そこから派生して今も新たな表現ジャンルが生まれている。

本書の著者はいずれも、この分野で知られる作家である。なかでもケッセルスはその第一人者とされ、これまでに多数のアーティストブックを出版してきた。

本作は、そうしたファウンドフォトの魅力や、写真が持つ謎と面白さを存分に味わえる一冊である。背景やコンセプトを理解できなくても、写真そのものがどこか可笑しく、視覚的にも刺激的だ。そして「何かに触れている写真」というテーマは、より根源的な問いを生み出す。


私たちはなぜモノに触れるのか?触れるという行為はどのような意味を持つのか?


アジア系の写真が出てくると突然親近感が湧く。


ケッセルスの作品集やインスタレーションには、しばしば参加者の積極的な介入を促す仕掛けが施されている。本書もまた、読者をクスッと笑わせながら、「触れる」というテーマへの思索へと読者を導いている。


写真フォルダを見返してみて、何かに触れている写真を探してみよう。あなたはどういう時に、どのような表情で、何に手を伸ばしているだろうか。


Article by Yukihito Kono (21 August, 2025)


Title: Incomplete Encyclopedia of Touch
Artist: Erik Kessels, Karel de Mulder and Thomas Sauvin
Publisher: RVB Books, 2024
Format: Softcover
Size: 220 × 300 mm
Pages: 496
Language: English
Edition: First edition
ISBN: 978-2-492175-47-3
Price: ¥11,000