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身体感覚、イメージ、距離──ロイターと海原が捉えた湾岸風景

"O" by Daniel Reuter and Umihara Chikara (Roma Publications/Arts Council Luxembourg, 2025)


2025年10月13日、6ヶ月間にわたり開催された大阪万博が幕を閉じた。


当初掲げていた目標来場数2,820万人に対して、最終的な一般入場者数は2,557万8,900人だった。目標は達成できなかったものの、開催直前まで物議を醸していたことを考慮すると十分成功したと言えるだろう。


各国が多種多様なコンセプトを打ち出す中、ルクセンブルクパビリオンは、同国出身の写真家ダニエル・ロイターと、東京出身の日本人写真家・海原力による写真プロジェクトをプログラムの一環として実施した。


本作『O』は、2024年に1ヶ月間の大阪滞在を通して制作された。ふたりは当初、戦後メタボリズム建築のショーケースだった70年大阪万博の跡地で作品を制作することを考えていたが、リサーチと滞在を通して、都市の周縁に広がる人工島や工業地帯、そして住宅地が重層的に広がる広大な港の景観をテーマにすることに決めた。


ふたりが撮影した写真は、極めて断片的かつ抽象的である。それは漠然とした「湾岸部の風景」のイメージをそのまま寄せ集めたようであり、グロスとマット、異なる質感の用紙に印刷されたカラーとモノクローム写真として提示される。その場所に馴染みのない読者が、その断片から全景を思い描くことは困難であろう。


この抽象的なアプローチは、滞在制作中のとある出来事がきっかけで生まれた。ある日立ち寄った飲食店で、ふたりは大阪に出張で来ているのかと店主に尋ねられる。事情を説明したところ、店主は「(夢洲は)あそこら辺、遠いんですよねぇ」とポツリと漏らしたのだという。公共交通機関を使っても30分ほどで行ける距離であるにもかかわらず、なぜ店主はこのように感じるのだろうか。ふたりはそれを、「物理的」と「心理的」な距離の関係によるものではないかと考えた。


人間は日常的に目にする場所や生活空間を起点に、例えば電車や車の窓から断続的に目にする光景、あるいは記憶の中の風景など、断片的なイメージを組み合わさることで都市像を描き出す。きっとこの店主にとっては、その場所の明確さが不足しているため、物理的な距離よりも心理的に遠い場所のように感じられるのではないか、ということだ。




本書に寄せたテキストの中で、ふたりは湾岸都市特有の風景──積み上げられたコンテナや大型トラック、埠頭や湾岸道路──がここ大阪湾にも見られることを指摘する。かつては未来を予見させる特徴的な風景だったが、今では湾岸部に典型的な景観のひとつにすぎない。そのような湾岸都市の均一さを表現する上で、この断片的で没個性的な写真のアプローチは極めて正しいように思えてくる。


この単調さが意図的にもたらされていることは、ふたりの過去作を知ることでよりはっきりとする。興味を持った方は、ぜひふたりのウェブサイトでこれまでの作品と見比べてみてほしい。特にロイターは、以前からIACKでも取り扱いのある写真集や過去作と比べても作風が大きく異なり、均質さを実現するために、意図的に作家性やドラマチックさを排した手法で撮影を行っていることが理解できるだろう。


本書はコラボレーション作でありながら、誰がどの写真を撮影しているかは明示されていない。収録された文章も日英併記で、ロイターか海原どちらが書いたものかは不明である。加えて、始まりと終わりも明確ではない。右開きで読むと日本語の序文から始まり英訳で終わるが、逆順で読むこともできる。以上だけでも十分特徴的だが、何より本書を特徴づけているのは、やはり読者を迷路に誘い込むようなモノクロームとカラーの構成である。


本書には全体を通して似たような写真が散見されるが、それはまさしく、このような均質的な風景のエリアを歩いているときに実際に引き起こされる感覚ではないだろうか。目を凝らしてページをめくってみると、同じ写真をカラーとモノクロームで、最初と最後のページから順に反復させる構造を採っていることがわかる。本書は徹底的に、意図的に単調な風景を経験させるよう計算して作られているのである。

 



万博という舞台で、一国の代表として挑んだコラボレーション作にしては、本作はある意味異例の作品と言える。なぜなら、大阪という場所を舞台としながらも、作家たちのバックグラウンドや作家像はあえて影を潜めているからだ。そういう意味では、あまり「万博」という枠組みを意識せず、あくまでそれを機会に制作された、大阪を舞台にした作品として理解するのが良さそうだ。


本書はその実験的アプローチを通して、万博という一過的な祝祭よりも、むしろ「都市をどう見るか」という根源的な視点を、ぼくたちに投げかけている。そして、巧みに設計されたブックデザインを通じて、読者はその視点を身体的、心理的に実感することになる。ふたりが飲食店の店主との会話から感じ取ったように、本書は、私たちそれぞれが持つ身体感覚とイメージ、そして距離の関係を見つめ直すための本でもある。


Article by Yukihito Kono (28 October, 2025)



Title: O
Artist: Daniel Reuter/Umihara Chikara
Designer: Roger Willems
Publisher: Roma Publications/Arts Council Luxembourg, 2025
Format: Hardcover with dust jacket
Size: 160 x 220 mm
Pages: 188
Language: English/Japanese
Edition: First edition
ISBN: 9789464460865
iack.online/products/o-by-daniel-reuter-and-umihara-chikara

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