写真映画の新たな地平──写真家ペロルズと幻想の物語

イギリス人写真家のジェームズ・ペロルズは、映画のワンシーンを思わせる美しいステージド・フォトグラフィで知られている。大手ファッション誌やブランドの撮影を手がける一方で、これまでにパーソナルワークとして3冊の写真集を自費出版してきた。

最新作にあたる本書は、映画のスチール写真のような作風や、プロットに基づく物語展開は過去作と共通しているが、実際には大きく方向性を転じた、挑戦的な一冊となっている。

 

『Decaying with the Speed of Spring』（自費出版、2025年）

ペロルズは7年間、「離人感・現実感消失症（DPDR）」に悩まされていた。強いストレスやトラウマを要因とするこの症状は、自分自身を外側から見ているような感覚を引き起こす。彼は混乱と闘いながら、少しずつ回復への道を歩んだ。その過程は、彼の人生観と表現に大きな影響を与えている。

「この間、私はまるで自分を外から見ているかのように感じ、自分の複数のバージョンを目にしているようでした。それは非常に混乱を招く、夢のようで、現実から切り離されたような体験でした。回復のプロセスは長く困難でしたが、私は“向き合うことこそが成長につながる”と学びました」（ステイトメントより）

本書では、その体験をもとにした物語が展開する。

モデルのシャオチャオ・ワンが演じる主人公は、草原や森、海岸などの自然世界と洋館を舞台に、自らの「分身」と出会いながら、不可思議な世界を旅していく。主人公は言うまでもなくペロルズ自身の投影であり、分身との遭遇は、自我の断片と向き合う行為そのものだ。

本作を象徴する分身のシーンは、フィルムカメラで撮影された複数の写真をデジタル合成する、いわゆるコンポジット写真の技法によって制作されている。構図や光の綿密な計算に基づいて撮影された写真からは、ペロルズの写真家としての高い技術力と集中力がにじむ。

さらに本作では、イラストレーションが物語世界の補強として重要な役割を果たしている。登場人物が絵を描く場面とリンクする形で挿入される図版や、館内の壁に掛けられた絵画は、写真と絵の二重の幻想世界を往還させる装置として機能している。読者はページをめくるごとに現実から作品世界へと足を踏み入れ、いつのまにか迷い込んでしまう。

加えて、本書のクリーム色の布貼りカバーは、まるで作中の洋館から飛び出してきたような佇まいで、手に取った瞬間から異世界への入口として作用する。物語世界の一部として本自体が存在しているかのようである。

写真集の歴史において、絵画的あるいは文学的な物語性は繰り返し探究されてきた。だが、本作のように、構成力と撮影技術をもって「映画的」な物語表現を実現した例は決して多くない。

ここでいう「映画的物語表現」とは何か。絵画的表現が一枚の写真とその周縁の想像に物語を託し、文学的表現が文学的構成や手法を援用してシークエンスを組むのに対し、ペロルズの映画的表現は、映像メディア以降の視覚言語とその連続性に根ざしている。

映像表現ではなく、あくまで写真表現に固執すること──ページをめくるという身体的行為と、視覚の断絶や余白の存在は、映画とも異なる独自の静けさと余韻を生んでいる。

 

 

過去に出版した2作は、どちらかといえばファッション写真の要素が前景化しており、まるで存在しない映画本編に添えられたパンフレットのような印象を残していた。だが本作では、それらの要素を乗り越え、写真というメディアだからこそ可能な映画的表現に到達している。個人的経験を昇華させたからこその強度と説得力が、そこにはある。

「私たちは皆、さまざまな“自分”を内に抱えています。受け入れられるものもあれば、押し込めてしまうものもある。本書は、それらすべてを見つめ直し、手放すべきものを手放し、成長の余地を与えることで、前に進むことができる──そのことを伝えています」（ステイトメントより）

かつて写真が絵画を模倣したように、ペロルズは写真で映画を模倣しているのではない。写真、物語、ブックデザイン──すべての要素が高い水準で調和し、互いを引き立て合う本書は、ペロルズのキャリアの中でも群を抜く完成度を誇っている。

そしてその言葉の通り、彼はいま、作家としての新たな地平を踏み出したのだ。

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Article by Yukihito Kono (7 August, 2025)