作品集を読む『In Search of Appropriate Images』

闇に沈む山々に浮かぶ岩石とコンクリート。表紙から既に不思議な世界観が窺い知れるが、作品集自体もそれに負けず劣らずなデザインだ。赤橙色のハードカバーを開くと、ブロック状に左右に振り分けられた二冊の作品集が現れる。上部がメモパッドのように綴められており、縦開きの仕様がこれから広がる異質な世界を予見させる。

イタリア人写真家のマッティア・バルサミーニ(Mattia Balsamini)は、撮影のために各地を飛び回る生活を送っていた。しかし、COVID-19の世界的な流行の影響により撮影のための移動はおろか日常的な行動も制限され、大半の時間を自身のスタジオで過ごすようになる。たっぷりとできた時間を使って何か新しいことができないだろうか。この状況を好機と捉えたバルサミーニは、これまでに撮影した写真やアーカイブを掘り起こし、本人曰くまるでトレーニングのように繰り返しそれらのイメージと向かい合うことに時間を費やした。

そうして完成した本書は、そのプロセスをそのまま体現しているとも言えるし、あるいはまだ完成途中であるかのような広がりすら感じさせる。各ブロックは完全に独立しているわけではなく、左右に関連性のあるイメージが配置されていたり、ブロックを跨いで一枚の写真が収録されているものもある。ひとつの作品をふたつのブロックに分けることで、読者は作者があらかじめ決めたシークエンス(流れ)をなぞるのではなく、自由な順序でページをめくることとなり、その結果各人各様の写真の組み合わせで読み進めていく構造となっている。









目を凝らしてみると、単に撮影した写真をアーカイブとして掘り起こしているだけでなく、手持ちの資料やメモ書き、複写やコラージュが織り交ぜられており、表紙の写真もバリエーションの一部として制作されていることがわかる。一貫性を保ちながらも多彩さを感じさせる写真の背景には、かつてハリウッドの商業写真家やファッション写真家の元でアシスタントとして働き、その後イタリアで最初の建築学校建であるIUAV大学と、トリノのヨーロッパ・デザイン学院で教鞭を執ってきた彼のユニークなキャリアがある。

アメリカとイタリアは特出した芸術的写真表現の歴史を有する国であり、それぞれ独自の文脈を形成しているという点において共通している。そのふたつ文脈を受け継ぐバルサミーニの作品には、複雑なシークエンスを構築する現代アメリカ写真の文脈、そして視覚文化/視覚言語の探求としての現代イタリア写真の影響が色濃く反映されているように思われる。

しかしながら、このような種類の作品に対しては以下のような批判を想定することもできる。この作品集は単に脈絡のないイメージをかき集めて連想ゲームのように組み合わせ、そして「偶然性」という耳障りのいいフレーズでパッケージングしているだけではないか。作品の社会性や主張は一体どこにあるのか、と。





本書の奥付には大変控えめに以下の文章が差し込まれている。

「本書は1979年4月17日、シカゴの『Facetsマルチメディアセンター』 にて、映画評論家のロジャー・イーバート(Roger Ebert)が映画監督のヴェルナー・ヘルツォーク(Werner Herzog)とともに開催したワークショップ、『Images at the Horizon』に登場するヘルツォークのステートメントへのしがないトリビュート作である。ふたりの対話は、私たち自身の深い内なる声を表現する純粋で絶対的なイメージの必要性と、そのために挑み続ける必要性に関する話題を軸に展開した。」

一見したところ、本書はイメージの組み合わせがもたらす効果と可能性を追求した作品集のようにも見える。(実際にタイトルもそのような解釈を誘っている)しかし奥付のテキストからもわかる通り、本作はこれまでとは異なるライフスタイルを送らざる得なくなった作者が、この機会に自分の心の声に耳を傾けるために、自身の歴史そのものとも言えるアーカイブと向かい合った、極めて私的な作品なのである。縦開きのブロック状の形態は、写真の組み合わせゲームというよりも、ページを捲るごとに奥へ奥へと、「深いうちなる声」を求めて潜航していく様子を表現するための構造なのだ。



整理すると、本書は以下のような構造になっている。

  • パンデミックによる生活の変化を受け、自身の活動と生活と向かいあった
  • そのために過去の集積であるアーカイブに目を向け、様々な組み合わせや編集を試しながら、未だ見たことのない(未来の)イメージを模索した
  • この動機とプロセスを本として表現するために、縦開き、かつ2ブロックに分けたブックデザインを採用した

デザインがあまりにも特徴的なため、本書を読み終える頃にはつい忘れてしまうが、本書の動機と社会的背景にはCOVID-19のパンデミックがある。皮肉なことに、COVID-19はこれまでSNSやメディアが目指していた、国境と文化を超えた同時代性を瞬く間に実現してしまった。

現在制作されるあらゆる作品には、程度の違いこそあれど、常にその強烈な同時代性が差し込まれる。しかし、ただ記録として時代を捉え、共感を求めることが現代の写真家たちの仕事だろうか。そうではなく、本作のようにその表現方法を同時に探究する作品を未来に向けて残すことこそが、表現者としての写真家たちには求められているのではないだろうか。


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Title: In Search of Appropriate Images
Artist: Mattia Balsamini
Skinnerboox, 2021
Hardcover with two blocks
190 x 265 mm, 160 pages
Designed by THINK WORK OBSERVE
First edition of 750 copies
ISBN: 978-88-94895-42-1
¥5,500 + tax

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6/9 追記
【Further Reading List】
さらに読み込みたい方に向けて、本書とあわせてご覧いただきたい作品集リストを制作しました。文脈理解の参考にどうぞご覧くださいませ。
https://www.iack.online/collections/further-reading-contemporary-american-and-italian-photobooks

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