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気象観測カメラが映し出す自画像 ─ 『I on the Road / Weather Camera Self-Portraits』

 
2012年、フィンランドのトゥルク応用科学大学写真学科を修了したばかりのタツ・グスタフソンは、セルフポートレートを通じた写真における作家性の問題や、代替的な写真制作方法の探究に関心を寄せていた。


そんなある日、フィンランドの交通カメラと気象カメラが12分ごとに写真を撮影し、24時間オンラインで保存していることを偶然知る。


この屋外カメラの前に立ち、セルフポートレートを撮るのはどうだろうか──そう考えた彼は、すぐに制作をスタートさせた。

ブロックのような佇まいと予想外の「軽さ」


もっとも、フィンランド全土を網羅するのは容易ではない。そこで彼は、毎月1週間、車中泊をしながら全国を巡ることを決めた。


グスタフソンはこの取り組みを2021年まで9年間続け、最終的に700台以上の路上カメラの前に立った。その成果物が本作、『I on the Road / Weather Camera Self-Portraits(路上の私/気象観測カメラの自画像)』である。


本書はまず、そのコンクリートブロックのような佇まいが読者の目をひく。


表紙には明らかにデータサイズが足りておらず、引き伸ばされたことで劣化した写真が貼り付けられている。背表紙と裏表紙には文字がぎっしりと詰め込まれ、どこか機械的な印象を与える。


先日紹介した『Incomplete Encyclopedia of Touch』同様、本書もかなり厚みのある写真集だが、前者が見た目よりも重くないのに対し、本書はソリッドな塊のような見た目に比べて異様に軽い。薄い用紙を使用しているためだが、その軽さは実用性以上に、鑑賞体験に重要な効果をもたらしていることが、本書を読み進めるとわかる。ひめくりカレンダーのように縦開きでページをめくると、不鮮明な画像が道路番号、撮影地、撮影年とともに印刷されている。

 
表紙では気づかなかった人も多いかもしれないが、必ず写真の中には人が映り込んでいる。それらはすべて、グスタフソン自身の姿だ。直立不動でカメラを見つめたり、気を逸らしたり、時にポーズをとったり。フィンランドの多様な風景とともに、400ページにわたり微細な変化を見せている。

不鮮明な画像がもたらす不気味さ

 
すでに述べたように、これらの写真は作者自身が撮影したものでも、誰かが遠隔操作してシャッターを切ったものでもない。スクリーンショットを撮影と解釈することもできるが、あくまでも気象観測のため、決まった時間に決まった設定で機械が「記録」した写真である。カメラが本来捉えようとしているのは風景であり、グスタフソンは意図的にレンズを向けられた対象ではない。人間はあくまで「映り込んだもの」として処理される存在にすぎない。

 
データは24時間しか保存されないため、元の光景も、そのレンズが写したオリジナルのデータも次々に消えていく。ふたつのオリジナルは消失し、写真はスクリーンショットになることで、どこか現実味のない画像へと形を変える。定点カメラの画像は処理速度を優先するため、画質を落としていることが多い。その結果残された不鮮明な画像は、まるで古いホラー映画や心霊映像のような不気味さを帯びている。



 
実際、IACKで本書を手にした人の多くが「面白い」というより「怖い」と口にした。その理由は、写真から画像へとスライドする過程で失われた現実味のなさに加え、監視する側から監視される側へと向かう一方的な視線構造の中で、本来起こるはずのないイレギュラー──レンズを無言で見返す存在──から生じる不気味さにあるだろう。


監視カメラや観測カメラは、そもそも視線の交換を前提としていない。その前提が視線の介入によって破られたとき、私たちは強い違和感や不安感を覚える。声や表情を使わずとも、視線は時に何よりも強いメッセージを放つのだ。


だが視線の構造以上に、今本書を読んでいて改めて強く感じられるのは、これらのイメージが放つポートレートとしての力である。グスタフソンはこのカメラの前では固有名を持つ存在ではなく、移ろう自然の一部としてしか記録されない。そしてその記録すら一時的で、彼がそこにいたという証明も1日経てば消えてしまう。


まるでその揺るぎない現実に対して、静かに存在を主張するかのように、グスタフソンはカメラの前に立ち尽くす。表情や細部は伝わらなくとも、その集積であるこれらのスクリーンショットは、むしろ個としての姿をより鮮烈に印象づけている。

存在とイメージのあいだに漂う肖像




ここで本書の造本に再び目を戻してみる。本書のひめくりカレンダーのような造りは、日々の経過を印象づける。彼が制作にかけた年月に反して、ページをめくると一瞬のうちに時間は流れていく。そして本の軽さは、これらのスクリーンショットが持つ軽さ──オリジナルのコピーのコピーとしての、現実の景色も写真も存在しないことの「幽霊的な軽さ」と響き合う。


机の上に置き、カレンダーのように1日1ページをめくりながら味わうのもいい。(実際、そのようにも楽しめる開きのよい製本になっている)ゆっくりと味わうことで、ページとページの間に横たわる時間の流れをより強く感じることもできる。


存在とイメージのあいだに漂うかすかな痕跡。そこに立ち現れるのは、フィンランド全土の多様な風景と溶け合いながらも、なお個としての痕跡を刻もうとする現代人の肖像なのである。


Article by Yukihito Kono (28 August, 2025)


Title: I on the Road / Weather Camera Self-Portraits
Artist: Tatu Gustafsson
Publisher: Fw: Books, 2024
Format: Softcover
Size: 230 x 210 mm
Pages: 400
Edition: First edition 
Language: English
ISBN: 978-90-833459-9-4
Price: ¥7,260