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¥80,000
ドイツ人写真家、ユルゲン・テラーによる写真集。 ファッション写真家として活動するテラーにとって、「Go-See(モデル・オーディション)」は馴染み深いものであると同時に、どこか奇妙な慣習でもあった。本書は、1998年5月から1999年5月までの1年間、ロンドン西部のスタジオを訪れた数百人のモデル候補たちを、スタジオの玄関先で撮影し続けた記録である。 テラーは、エージェントから送り込まれてきた彼女たちを迎え入れ、コーヒーや紅茶を振る舞いながら5分から15分ほどポートフォリオに目を通したのち、スタジオの入口でシャッターを切った。被写体となった少女たちは、13歳ほどに見える者もいれば、両親に付き添われている者、すでにスターの気配を漂わせる者もいる。なかには、後にスーパーモデルとなるアドリアナ・リマの姿も含まれている。 本書にテキストを寄せたシャナン・ペッカムは、「Go-Seesのモデルたちは、外部から課された美的価値の担い手をはるかに超えた存在となっている」と記している。季節によって移ろう光のなかで撮影された462枚のポートレートは、それぞれ固有の個として立ち現れながら、同時に「モデル」というひとつの像へと溶け合っていくようでもある。 伝説的の出版社「Scalo」が残した名作の中でも特に名高い金字塔であり、ポートレート写真作品としても非常に優れた名作。 - Title: Go-SeesArtist: Juergen TellerPublisher: ScaloFormat: HardcoverSize: 245 × 177 mmPages: 480Language: EnglishEdition: First editionISBN: 978-3-908247-14-2 Condition: Good/表裏表紙見返し、天地小口や背にシミはあるが、折れや傷みもなく内部は美品
Subscription Series #7 by Carmen Winant, Juergen Teller, Mona Kuhn, Paul Kooiker
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アメリカ・オークランドを拠点とする独立系出版社、「TBW BOOKS」が発行する『Subscription Series』の第7弾。本号はアメリカ人写真家のカルメン・ワイナン(Carmen Winant)、ドイツ人写真家のヨーガン・テラー(Juergen Teller)、ブラジル人写真家のモナ・クーン(Mona Kuhn)、オランダ人アーティストのポール・コイカー(Paul Kooiker)らによって4冊の作品集が制作された。 それぞれが独立した作品集でありながら、同時にひとつの作品であるというコンセプトを掲げて制作されるこのシリーズの最新号となる本作では、それぞれの作家が人のかたちというテーマに取り組んでいる。 カルメン・ワイナン『Body Index』本作は、今から10年ほど前にワイナンがヌードデッサンのモデルをしていた時の体験から生まれた。あらゆる角度から見つめられている自分を見ていたワイナンは、女性の身体が視線に晒され、芸術に変えられていく瞬間に心を揺さぶられ、ポーズをとっている女性のイメージを集めてコラージュを作り始めた。アーティストのための美術解剖学の参考資料として作られたイメージを通じて、ワイナンはカメラの視線にさらされた女性の身体がどのように使われているのかを探求した。こうしたイメージを分脈にあてはめて解釈するために、ワイナンはポーズをとる身体に隠された抵抗の証を探し出して提示する。特に意味のない、学びの道具にされた被写体たちは、落ち着き払い優位に立っているようにも、どこか常軌を逸しているようにも見える。ワイナンはその上に分離派のレズビアンやマッサージセラピストなど様々な身体のイメージを重ね合わせて、女性が持つ力と静けさの意味が錯綜する1つの絵画を作り上げていった。もともとこれらは何百ものイメージから成る複数のパネルで構成されたモジュール式の作品の一部だが、ここでは1人の人物に1枚のイメージを重ねた部分だけが厳選されている。 ヨーガン・テラー『The Nipple』本書において、まず初めにマスクをつけたヌードの被写体の表紙に目を奪われる。コロナ以前に撮られたこのイメージは、人間のかたちを賛美すると同時に、いつか必ずこの世から消えてなくなる我々の肉体のはかなさをほのめかしている。テラーは、皮肉なほどカジュアルなスタイルで撮影した、人っ子一人いないヨーロッパの街の通りに放置されている誰も使わない運動器具のイメージを通じて身体に言及する。反復するイメージの中には時折パーソナルな要素が差し込まれている。例えば内視鏡検査を受けている彼自身の姿は、定期的な検査なのかもしれないが、深刻な病気なのかもしれないと思わせる。人の身体を切り取ったイメージの次には、床に脱ぎ捨てられた恐竜のコスチューム、車に轢かれて内蔵が飛び出したカエルの死体、死んでから何日も経っている魚など、死を思わせるイメージが続く。人が写っていない、はかなさを表現したイメージと身体的な生命力に満ちたイメージを対比させることによって、テラーはこの作品が印刷された時にはまだ訪れていなかった孤独と緊張感を鮮やかに予見してみせた。 モナ・クーン『Study』本作でクーンは、写真の道に進むきっかけとなった「目に見えないイメージ」に立ち返った。1920年代のシュールレアリスムの写真家にインスパイアされたクーンは、感光によって得られるこの世のものとは思えないイメージを追求した。マン・レイの写真を現像していたリー・ミラーが発見したと言われるが、最終的にはマン・レイが自分の名前にちなんでレイヨグラフと命名したこのプロセスを用いると、錬金術師が被写体の輪郭を描いたような独特のビジュアルが生まれる。この技法は人と同じくらい複雑で不確実であるため、現在の素材を使って昔のやり方を真似しても同じイメージを再現することはできない。自分で作ったイメージの中の人物のように、クーン自身も自分なりのバランスを見つけようとした結果、魔法のような酸化の働きによって輝く銀色のレイヤーが重なり合ったユニークなイメージが出来上がった。見えないイメージを描き出すこの実験は、被写体のカフカ的な存在感を反映している。脆弱で好奇心旺盛な自我、姿の見えない聴衆に語りかけているような自信に満ちたポーズ、完璧に制御されたものから元はなんだったのか分からないような輪郭に至るまで、クーンの写真は現実と超現実の瀬戸際を漂いながら不合理なニュアンスを強調している。 ポール・コイカー『Business of Fashion』コイカーは2018年にファッションデザイナーのミシェル・ラミー(Mich?le Lamy)に招待され、「the Business of Fashion (BOF)」が毎年主催している招待制のイベント「Voices」でアートパフォーマンスを行った際に本作を制作した。世界のファッション界をリードするクリエイターたちが集まるこのイベントでイノベーターや起業家とのつながりが生まれ、大衆文化に大きな影響を与えている。ラミーの依頼を受けたコイカーは、ゲスト1人1人の写真を撮影した。作者は全員に腕をやや広げて立った同じポーズをとらせ、首から下だけを写すことによって彼らを均一化している。モノクロの無地の背景をバックにした被写体は誰もが見覚えがあるような人達だが、こうなるとほとんど誰が誰だか分からない。頭部のないマネキンのような姿は、ウィンドウディスプレイや通販カタログ、ファッション業界を牽引しているオンラインショップを連想させる。のぞき見しているような面白さと皮肉っぽいユーモアを感じさせる写真から、最先端のファッションを作っている人たちが実は結構ありふれた洋服を着ていることが分かる。 - Title: Subscription Series #7Artist: Carmen Winant, Juergen Teller, Mona Kuhn, Paul KooikerTBW Books, 2020Hardcover, 4 books in a set222 x 279 mm¥18,000 + tax
Not in Fashion: Photography and Fashion in the 90s
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2010年9月25日から2011年1月9日にかけて、ドイツのフランクフルトに位置する美術館「MMK(MUSEUM für Moderne Kunst)」で開催された同名の展覧会の展示カタログ。本展でMMKは、1990年代を個人主義と自己決定的なスタイルの時代と定義し、ファッションと写真はその新しいライフスタイルを表現するための個人的/視覚的な言語を見つけだそうと試みていたと指摘する。その10年間は個人のアイデンティティ、個人主義、そして自身で定義したスタイルを重視する新しい世代を生み出し、ロンドン、ニューヨーク、東京、ベルリン、パリといった世界の主要都市では、新しい身体性の概念が謳歌された。彼らはプレタポルテやオートクチュール、そして光沢のあるファッション雑誌の過剰に人工的なイメージを克服し、ユースカルチャーの代わりに「リアルライフ」の写真に置き換える必要があると考えた。彼らは「集団で美しい」という概念を捨て、性差やその他の社会的慣習を無視しようとしたのである。会場では約200点の写真作品、オリジナルドキュメント、ライブイベントなどの幅広いプログラムが展示/開催され、ファッションデザイン、写真、アートが相互に影響を与え合いながら発展してきたことが紹介された。本書は写真家やデザイナーが90年代の広告キャンペーンと並行して撮影した写真や、その年代の雑誌の代表的な写真シリーズ、エッセイなど豊富に収録。90年代のファッションとファッション写真、そしてそのカルチャーを総括した歴史的展覧会に伴う大変意義ある資料となっている。展示作家Anders Edström/Ayzit Bostan/Bernadette Corporation/BLESS/Colier Schorr/Comme des Garcons/Corinne Day/Cris Moor/Helmut Lang/Inez van Lamsweerde & Vinoodh Matadin/Jason Evans/Juergen Teller/Kostas Murkudis/Maria Cornejo/Mark Borthwick/Martin Margiela/ M/M (Paris) /Nigel Shafran/Susan Cianciolo/Vanessa Beecroft/Walter Van Beirendonck/Wolfgang Tillmans/Yohji YamamotoNOT IN FASHION: Fashion and Photography in the 90swww.mmk.art/en/whats-on/not-in-fashion-Title: Not in Fashion: Photography and Fashion in the...
Surface: Contemporary Photographic Practice
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イメージが世界を形作る現代における写真表現のあり方と写真の位置づけをテーマに、68名の現代写真家たちの作品を収録した作品集。ありふれた写真家カタログとは異なり、文字通り最後のページに到達するまで収録された280枚の写真に関する解説や撮影者情報は開示されない。その構造はたとえ著名な作家の作品であっても、全てが同じ「イメージ」の泉に還元される現代の写真のあり様を体現しているようであり、来るべき写真集という表現形態の発展をも予見させる。本書の編集には、2010年以降の写真集シーンを牽引するロンドンの出版社「MACK」を主宰するマイケル・マック(Michael Mack)が名を連ねており、「MACK」の前身である「steidlMACK」よりも以前に、彼が頭の中に描いていた写真集表現を実践した貴重な記録とも捉えることができるだろう。またナイジェル・シャフランでは妻のルース、古屋誠一では妻のクリスティーネといったような、その写真家を特徴づける被写体やモチーフが避けられている点も本書を異質な一冊にしている。収録作家Robert Adams/Nobuyoshi Araki/Lewis Baltz/Uta Barth/Bernd & Hilla Becher/Zarina Bhimji/Anna & Berhard Blume/Mark Borthwick/Hanna Bryan/Richard J. Burbridge/Donald Christie/Stephane Couturier/Davies & Davies/Dawid/Corrine Day/Philip-Lorca diCorcia/Horst Dieklerdes/Annabel Elston/Peter Fraser/Katrin Freisage/Seiichi Furuya/Andrea Giacobbe/Jim Goldberg/Nan Goldin/Paul Graham/Andreas Gursky/Claudine Hartzel/David Hiscock/John Holden/Jenny Holtzer/Axel Hütte/Lee Jenkins/Nick Knight/Noriko Kobayashi/Inez van Lamsweerde/Laura L. Letinsky/Robert Longo/Glen Luchford/Craig McDean/Wendy McMurdo/Taiji Matsue/Donald...
Nigel Shafran Books 1995 - 2022 2022年5月28日(土)- 6月12日(日) この度IACKは、イギリス人写真家のナイジェル・シャフランによる作品集展、「Nigel Shafran: Books 1995 - 2022 」を開催いたします。ナイジェル・シャフランは、1980年代後半にヨーガン・テラーやコリーヌ・デイ、デイヴィット・シムズらとともにロンドンの「i-D」、「THE FACE」、「Dazed & Confused」などのファッション/カルチャー誌で活躍した写真家として知られています。1995年に自費出版した作品集『Ruthbook』は写真作家としてのキャリアを本格的にスタートするきっかけとなったのみならず、パートナーとの関係性を題材にした名作として、写真集の歴史にもその名を深く刻みました。日々の生活の中で見過ごしてしまいそうな物事への鋭い視線と、遊び心に溢れたユーモラスな写真は、写真作家として、そしてファッション写真家として多くのファンを獲得してきました。「Nigel Shafran: Books 1995 - 2022 」と題した本展では、シャフラン氏が今日までに制作してきた全作品集に加え、展示カタログをはじめとした関連資料も合わせて展示いたします。今年5月に日本国内でも発売となる最新作『The Well』は、氏がおよそ30年間にわたり取り組んできたコマーシャル写真をまとめた初の作品集であり、同じく長年取り組んできたパーソナルワークとの関連性を探る意欲作です。本展は入手困難な代表作を手に取ることができるだけでなく、パーソナルワークとコマーシャルワークの相関関係に着目した最新刊をより深く読み込むためのガイドとなり、キャリアを通して一貫した作家の姿勢に触れられるまたとない機会となるでしょう。会場では最新刊『The Well』に加え、本展のために特別に用意されたサイン本、そして韓国のギャラリー「N/A」で開催中の個展に合わせて制作された限定ポスターの販売も行います。この機会にどうぞご高覧ください。Nigel Shafran: Books 1995 - 2022会期:2022年5月28日(土) - 6月12日(日)*第一週は水曜木曜、第二週は月曜火曜定休営業時間:平日12:00-17:30/土日祝12:00-19:00会場:IACK問い合わせ:info (at) iack.studio*ご来場における注意事項ご体調の優れない方はご来場をご遠慮ください。また、ご来場の際はマスクの着用、ならびに入店時の手指の消毒にご協力をお願いいたします。以上をお守りいただけない方はご入店をご遠慮いただく場合がございます。何卒ご了承ください。-ナイジェル・シャフラン/Nigel Shafran1964年、イギリス生まれ。1980年代後半よりヨーガン・テラーやコリーヌ・デイ、デイヴィット・シムズらとともにロンドンの「i-D」、「THE FACE」、「Dazed & Confused」などのファッション/カルチャー誌で活躍し、次世代の写真家として注目を集める。1995年に自費出版した作品集『Ruthbook』は写真作家としてのキャリアを本格的にスタートするきっかけとなったのみならず、パートナーとの関係性を題材にした名作として、写真集の歴史にもその名を深く刻んだ。日々の暮らしの中で見過ごしてしまいそうな物事への鋭い視線と遊び心に溢れた写真は、写真作家として、そしてファッション写真家として多くのファンを獲得している。nigelshafran.comインタビュー記事:Artist Interview: Nigel Shafran (Photographer)www.iack.online/pages/artist-interview-nigel-shafran-photographerTitle: The WellArtist: Nigel ShafranLoose Joints, 2022Softcover, 200 x 267 mm376 pagesText...
Artist Interview: Nigel Shafran (Photographer)
─ まずは今回出版された新刊、『The Well』についてお話をお聞かせください。ファッション写真の分野で活動を始めておよそ30年がたちますが、本作はナイジェルさんの10冊目の作品集にして、初めてその長期間にわたる仕事を振り返る作品集です。本書を出版することになった経緯と、なぜこのタイミングでコマーシャルワークをまとめた本を出版することになったのかを教えてください。 私がコマーシャルの分野で撮影を始めたのは30年か、おそらく35年ほど前でしょうか。『The Well』のアイディアは、この本のデザイナーのリンダ・ファン・ドゥールセンの提案から生まれました。彼女はブックデザイナーという肩書以上の存在で、本書の制作においても本当にうまく私を駆り立てました。というのも、私はこれまで仕事として撮影した写真とパーソナルワークはある意味別物として捉えていたので、最初に話を聞いた時は「私の目が黒いうちはそんなことは絶対にやらせない!」と思いました(笑)。でもこの本を制作した今は、すべてがつながっていると考えることができるようになりました。本書に収録されているのは、いわゆるファッション写真ばかりではないと思うのです。後期の作品に関しては近年の商業的なファッション写真ですが、初期の作品のほとんどは、私がかつてアシスタントとして働いていたようなファッション写真や、もっと若い頃にやっていたことに対する反発として制作されたものです。街行く人たちのスナップ写真であったり、ファッション写真やさまざまなスタイルに接続し得る作品であっても、必ずしもファッションモデルやそういう人たちを撮影しているわけではないのです。なので、それらのふたつの写真は何らかの形で繋がっているのです。 ─ まさに今おっしゃられたように、本書は単にコマーシャル分野での業績をまとめた作品集ではなく、あなたのファッション写真と作家としての写真を接続する意図がさまざまな点からも見て取れます。例えば、この本を出版したのはレトロスペクティブなカタログを制作する大手出版社ではなく、より作品性の高いアートブックを制作するロンドンの独立系出版社「Loose Joints」であり、(出版前の)現時点で本書のメインヴィジュアルとして使用されている写真が、あなたの最もよく知られた写真のひとつである、キッチンで椅子に腰掛けた奥さんのルースさんの写真と同じ構図で撮影されたものであることからも、その意図がうかがえます。その繋がりに意識的になったのがごく最近のことだというのは面白いですね。 おそらく、一方は他方に対する反動なのでしょう。あるいはそれらは互いに補完しあっているのかもしれません。私たちは大富豪として生まれない限り、生活費を稼がないといけません。そしてそれはいつも大きな問題として私たちの身にのしかかります。一部の写真家たちは写真を仕事として教えたり、あるいは運が良ければプリントを売ることで生き抜いていくことができます。一方で他の写真家たちは、全く別の仕事で生計を立てながら作品制作をしています。昔に比べて、今は商業的な分野で働くことがより受け入れられるようになっていると思います。しかし私はそこに深く携わっているがゆえに、過剰消費の一部として女性がどのように描かれるか、ということをはじめとした産業的な問題…問題とまでは言わずとも、課題を常に抱えています。 ─ だからあなたのファッション写真は過剰に演出されていないのでしょうか。つまり、パーソナルワークとは分けてファッション写真らしく演出することもできると思いますが、それはあまり表面的には現れておらず、パーソナルワークと同じような質感で統一されています。 最近の写真の中には、よりプランに沿って撮影されたものもありますが、いずれにせよあまり演出されたように見えないといいですね。近年行っているファッション写真の撮影では、頭の中にあるたくさんのアイディアやドローイングをもとに、それらを再現することもあります。そして最近では、もし幸運にも自分が写真家として多くのオーディエンスを持つのなら、異なる題材に関する自分の考えを作品に盛り込むことができるかもしれない、とも考えるようにもなりました。政治とまでは言いませんが、ごくごく小さなことであれば、政治的なこともあるでしょう。また、ファッションモデルや被写体たちのことは物としてではなく、また過度に性的でもないように撮影するように心がけています。 Above: spread from "Ruthbook" (Self published, 1995) / Below: spread from "The Well" (Loose Joints, 2022) ─ 理解できました。あなたは1995年に自費出版した作品集『Ruthbook』をきっかけに、より本格的に作家活動に専念し始めます。しかしそれ以前のプロジェクトにも、あなたの身近な環境や周囲に対するそのような個人的な視線は既に現れていたように思います。もっと早くに他のプロジェクトを写真集としてまとめることもできたと思いますが、なぜこの極めて個人的な作品を最初の本として出版しようと考えたのでしょうか。 おそらく、あの作品が当時の私の作品の中でもっとも感情的だったからであり、そして人生は一度きりだと思ったからです。ある種セラピーのような意味もあるのかもしれません。私は人生で最も重要な写真は、家族のスナップショットだと思っています。ある意味、私は自分のことをとても優秀なプロの家族写真家であると感じています。そうあることはとても幸せなことです。あるいは大判カメラを持ったスナップショット写真家 ─ これはいいフレーズですね、気に入りました(笑)。前にも言ったことがあると思いますが、私にとって重要なことは自分の目の前にあるものごとで、そしてそれを可能な限りはっきりと目を凝らして見ることです。それはいつでも容易なわけではありません。 ─ そのような個人的な写真を作品として発表すること、また個人的であること自体に当時何か批評的な意味があったと思いますか? それは分かりません。それが私のやっていることですから。私はよく学生たちに「とにかくやってみろ」と言います。その時々に撮影をして、それを編集したり、その写真を使ったり、出版したりしなかったり。何もしなければ何も生まれません。とてもシンプルな話だと思います。物事について時間をかけて考えることもあれば、働く時もあるし、日々の仕事をするときもある。いろいろな作品を見ることもあれば、昔の巨匠の絵画を見る時もあるし、レシートと向かい合って計算をすることもある。だから、どう答えたらいいのかわかりません。その時代には有効だったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。私は自分の作品についてあれこれと語りすぎることで、イメージを凝り固めたくないのです。私はむしろ、なんというか…作品について語ることが仕事の人は他にもいます。キュレーターたちは今何が面白いかを見極めることができる人たちであり、過去から現在までを見渡した上で何が興味深いかを選択します。ですが、私は自分の作品が人々に影響を与えるまま、自由にさせておくという考え方が好きなんだと思います。近年世界に溢れかえっている多くの写真とともに、そのように存在する自分の作品が好きなんです。 ─『Ruthbook』以降、あなたは本を重要な作品形態として今日まで制作を続けてきました。展示などの発表形態もある中で、本というフォーマットの何があなたをそこまで惹きつけるのでしょうか。 写真集は、写真の見せ方という点において最も効果的な方法だと思います。シークエンスや編集を通して作品の見え方をコントロールできますからね。ノートパソコンみたいに電気を必要としないし、手頃な価格で見てもらえます。それに、いつ見るかも自由です。だからわざわざ展覧会を開く必要もありません。展覧会は一度終わってしまえばもう見ることはできません。それに展覧会を開催するには膨大なエネルギーが必要で、そして終わればそれもなくなってしまう。その違いは、本で写真をみた時と画面上で写真をみた時にも現れますよね。コンピューターの画面も当然作品を見る場所ではあると思いますが、私にとっては写真を見る一番好みの場所というわけではありません。写真集は実際に手に持ったり、所有したり、気に入ったり気に入らなかったりする、三次元の物体です。それはまた、よりゆっくりとした時間の流れを持っている気もするのです。スクリーンよりは本のほうがより集中力も保てる気がしますし、実際私はこれまで画面上で写真を長時間見た経験がないように思います。なぜかは分かりませんし正確には少し違うかもしれませんが、おそらく私たちが皆、機械をとても素早く使うことに慣れてしまっているからではないかと思います。それに、私はいささかコントロール狂の節があります。写真集であれば素材から印刷、シークエンスの全てをコントロールできますし、それらは作品制作において全て等しくとても重要なことなのです。 ─ それはあなたが自費出版を好む理由でもあるのでしょうか。 そうですね。だけど自分でやるといつも何かしら失敗してしまいます(笑)。とはいえ、私がこれまでに自費出版したのは…。 ─(画面でシャフラン氏の自費出版作品集を見せる) その本はどこで手に入れましたか? ─『Ruthbook』ですか?確か以前ebayで購入しました。 その本はもともと7.50ポンドだったんですよ。自転車に乗って本屋に営業して回ったのを覚えています。全財産を良い紙に費やしました。そしてカバーには…あ!タイトルの文字を見てください。 ─ 表紙のタイトルは一冊一冊あなた自身の手で書かれています。 はい、一本の鉛筆で全部にタイトルを書き入れました。多分まだその4B鉛筆がこの暗室のどこかにあると思います。タイトルは何らかの理由で一単語の『Ruthbook』です。なんで一語にしたのかはわかりません。今でもそれと全く同じように書けますよ。一文字一文字こだわった書き方をしていたのを覚えています。「Book」は大きなゼロと小さなゼロの組み合わせですが…なぜでしょうね。当時目にしていた他の作品に対する反動のようなものもあるのかもしれません。私はいつも半分くらい自分が何をやっているのか自分でわかっていません。90%は何をやっているのかわからない。 ─ そして後になってからわかるのですね。...